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・ヌメリナイト2016 Tour 1 Sapporo(日程を変更します)
多目的トイレというブログをはじめました
ぬめり本通販再開しました。

1/20 小さな声の物語

情報化社会の発達は人と人との係わり合いを大きく変えた。

誰もがスマートフォン片手に遠く離れた人と連絡を取り、残したい光景に出会えば写真を撮り、手軽に動画でお祝いのメッセージを送り合う。少し暇ができれば莫大な情報にアクセスして暇を潰す、もはや当たり前になりつつあるこれらの光景はは少し前の時代では考えられないことだった。

特にコミュニケーションに関する部分は顕著で、人々の生活を劇的に変えたと言っても過言ではない。例えば人と会う時、最近では詳細な待ち合わせ場所や時間を決めることはほとんどない。「4時ごろ、新宿で」この程度の約束で十分なのだ。メールなりLINEなり、待ち合わせ場所に近づいてから今どこどこにいると連絡を取れば良いのだから、入念に待ち合わせをする必要はない。

これがスマホや携帯電話が発達していない時代だと死活問題だ。連絡を取る手段がないので、待ち合わせ場所で会えなかったらそのまま会えない可能性が非常に高い。だから細かく時間を指定し、駅の東口改札のライオンの像の前などと詳細に約束をするのだ。

実のところ、この便利さというものは大変な落とし穴がある。便利さの裏に存在する大きな欠点が存在するとでも言った方が良いかもしれない。例えば、細かく待ち合わせする必要がない現代は大変便利なのだけど、そのために人々は「約束」の重要さを忘れがちになる。それこそが落とし穴なのだ。

連絡ができない状況において、例えば自分が何らかのアクシデントのために遅れてしまったとしたら、そのことを相手に伝える術は存在しない。もしかしたら会えないかもしれない、遅れることを知らない相手はずっと待って立ち尽くしているかもしれない。絶対に遅れるわけにはいかないと必死になるはずだ。

遅れそうだわー、ごめんな。やっぱ今日はやめておくわ、ごめんな。LINEなりなんなりでそう送れてしまうのは便利なのだけど、それは同時に「約束」に対する一生懸命さを失っていることになるのだ。

同じように、例えば綺麗な景色や感動的な光景を見たとしよう。カメラなんて持っていない人は一生懸命その光景を心に焼き付けるかもしれない。それに没頭し、しばし全てを忘れて魅入るかもしれない。もしかしたら思い出の中でいくらか美化されて輝き続けるかもしれない。

けれども、昨今では誰でもスマホで撮影できる状態にあり、まるで撮影しないと損だという気持ちが生まれ、撮影に一生懸命で現実に目の前で起こっていることに没頭できないのかもしれない。そうやって残された映像は決して現実を超えることもない。

そう、「便利さ」とはその裏側で「必死さ」「一生懸命さ」を剥奪する要素になりえるのだ。それが良いのか悪いのか完全にケースバイケースかもしれないし、必死さや一生懸命さが必要じゃなく、便利さの方が重要な場面も多いだろう。一生懸命さと表裏一体の便利さどちらが大切なのか、年齢を経てそれを考えることがあまりに多くなった。

あれは数年前の正月のことだった。

僕の場合、正月ということで生まれ育った街に帰省しても、特にすることはない。普通なら両親と年末年始を過ごし、故郷の町並みに心動かされ、古い友人たちと昔を思い出して年月を感じながら酒でも酌み交わすのだろうけど、あいにくと僕にはそういった「過去」が存在しない。

とうに母親を亡くしており、実家に帰っても親父がいるだけだ。親父は年末年始を感じさせることなくいつもと同じ様子でそこに座っている。古い友人なども存在するはずもなく、ただ少しだけ変化した田舎の町並みを見るだけだ。完全に何をしに帰省しているのか分からない状況といってもいい。

最近では、中学や高校などを卒業しても同級生と縁が切れることがないらしい。スマホを使ってLINEやSNSなどに繋がっているクラスメイトの関係は卒業しても途切れることがないのだ。結果、旧友というものが大幅に成り立ちやすく、人間関係が維持される。なんとも便利でうらやましいものだ。

僕の時代なんかは携帯電話やインターネットなんてものは普及しておらず、連絡を取ろうと思ったら家の固定電話か手紙が主流だ。卒業した後に無関係となった友人と連絡を取ることは格段に難易度が高い。毎日会っていた顔ぶれも途端に連絡を取ることが難しくなる。ちょっと現代とは「卒業」の重さが違うのかもしれない。卒業すると本当に連絡を取りづらくなる。

よって、卒業時に連絡先を交換する「連絡帳交換」なる謎の儀式が行われることになる。これは主に女子が連絡先を書くノートを持ってきて、仲の良い友人や好きな男子に連絡先を書いてもらうという完全無欠の魔儀式なのだけど、男子の間ではこの連絡帳に何件書いたがちょっとしたステータスになることがあった。

もちろんイケメンはクラスの女子全員の連絡帳に記入する勢いだし、ちょっとブサメンのクラスで嫌われている感じの男子でも、みんな卒業という一大イベントに酔いしれてるので、女子も僅かに心優しくなっていて、まあ、山本君にも書いてもらおうかって感じになっちゃって、山本君も女子に依頼されて舞い上がっちゃってさ、え、俺の電話番号でいいの、とか市外局番から?とかみんな同じ市内なんだから市外局番いらねーだろと思いつつ、まあ、大体どの男子も2回くらいは記入するわけなんですよ。そんな中にあって僕は誰からも依頼されないという快挙を達成しましてね、プールの時間に女子の下着を漁っていたことがばれて総スカンを食らっていた竹下君ですら、委員会が同じだった女子から依頼されていたのに、僕なんか竹下以下ですよ、下着ドロ以下です、下着以下です。前の日にかっこいいサインの練習までしていた僕はピエロじゃないですか。あーあ、あのクラスの女子全員いまごろDV男と同棲したりして毎日泣いて暮らしてねえかな。

とにかく、そうやって交換した連絡先も活用されることなんてほとんどなく、実際に連絡を取ることなく関係性が消えていく。よほどの親友や恋人でない限り卒業後も人間関係を維持していくのは難しい、そんな時代背景があった。

それが、いまやLINEグループにでも突っ込んでおけば卒業後も簡単に連絡が取れるし、いつだって昔の仲間と会話することができる。連絡帳記入依頼ゼロなんていう悲劇が繰り返されることもない。いいことずくめだ。

けれども、そうやって便利さが増してくると今度は別の問題が浮上してきて、いつまで経っても人間関係をリセットできずに過去の人間関係が呪縛となってしまうだとか、LINEでの人間関係が人生の全てになってしまってそこから阻害されると全てを失ったように感じるとか、ゲスの極みなLINE内容が流出するとか、僕の青春時代にスマホやLINEなんてものが存在しなくて本当に良かったと思うほど多くの問題が浮上してくる。これらの問題は簡単に関係を維持できるからその関係に対して一生懸命ではない故に起こることが多いのだ。

「お前は帰省してきて一緒に遊ぶ友人もいないのか」

年末特番を見ていると親父がそう言ってきた。

「まあ、地元の友達なんてもう20年も前のことだしな」

さも時間の経過が友人関係を希薄にしたような口ぶりで答えたが、卒業式の日に誰からも連絡先を聞かれなかったとは、連絡帳に書いてと誰からも言われなかったとは口が裂けても言えない。

「ワシなんてもう四十年くらい高校の友達と遊んでいるぞ」

親父は誇らしげにそう言った。確かに、親父はずっと地元にいたこともあって、未だに高校時代の友人が頻繁に家を訪ねてくる。親父は旧友の話をし出すとなんだか楽しそうで、いつも止まらない。

「この間ワシの同級生の家にオレオレ詐欺がかかってきてな!」

田舎に住む老人にとってオレオレ詐欺は一大スペクタクルに近いホットな話題だ。下手したらディズニーランドに行くよりもリクリエーション力が高い。親父は嬉しそうに話し出した。

なんでも、親父の高校時代の同級生の坂下さんのところにオレオレ詐欺がかかってきたらしい。息子と名乗る男性から「交通事故を起こして」と電話があったそうだ。坂下さんは焦った。15年前に仲違いをしてから音信不通だった息子からの電話だったのだ。

「事故の相手が妊婦でさあ、大変な状況になっているんだ」

坂下さんの息子は涙声でそう言った。坂下さんも涙声になった。

「もういい、とにかく帰ってくるんだ。一度家に帰って来い」

坂下さんは懇願した。それでも電話の向こうの息子は要領を得ない。

「今弁護士に変わるから」

なんと事故現場をたまたま通りがかった弁護士が解決に乗り出したらしい。息子はその弁護士に替わると言い出した。

「もしもし、お電話変わりました。わたくし、弁護士の山崎と申します。被害者の方は大変危険な状況です。もしかしたら息子さんは警察に逮捕されるかもしれません」

「俺さあ、逮捕は困るよ、父ちゃんなんとかしてくれよ」

「もしもし、麻布署の者ですが。このままでは息子さんを逮捕し2週間は拘留しなくてはなりません」

「弁護士ですが、今示談にすれば逮捕は免れるそうです。なんとか私が交渉して示談金三百万円でまとめますが」

「頼むよ、父ちゃん。仕事もクビになっちゃうよ」

いわゆる劇場型オレオレ詐欺というやつだ。あまりの劇的な展開に普通なら狼狽して三百万円くらい払ってしまいそうになるのだけど、坂下さんは怒った。確かに15年前、家族で犬を飼うか猫を飼うか揉めた時に頑固なまでにモモンガを飼おうと言い出した自分が悪かったかもしれない、けれども、それで仲違いしてから音信普通になっておいて、15年ぶりに連絡してきて第一声がそれか。坂下さんは激怒したらしい。弁護士とか意味不明なやつまで出てきて本当に腹が立ったらしい。色々と根本的におかしい。

「15年ぶりに電話してきてそれか!二度と電話してくるな!あの時のモモンガは寿命で死んだぞ!」

坂下さんは怒鳴って電話を叩き切った。坂下さんは未だにオレオレ詐欺だと気づいておらず、息子に対しての怒りをモモンガのモモちゃんの墓の前でブツブツ言っているらしい。息子としてはとんだとばっちりだ。

「いやー、さすがのワシでも息子の声くらいは聞き分けられるわ。お前を名乗る電話がかかってきてもすぐに偽者だって分かる」

親父は誇らしげにそう言った。いやいや、数年前にアパートを借りる時の手続きで保証人の印鑑が必要で、書類を送ってくれと電話した時に紛れもなく僕本人が電話しているのに「オレオレ詐欺か」と譲らなかったじゃないか、とはとても言えなかった。

それでも僕の心情としては坂下さんに同情的で

「それでも15年も音信不通なら声も忘れてしまうのではないか。坂下さんが勘違いするのも無理はない」

そう言った。そもそも、音の記憶というのはあらゆる情報中でもかなり曖昧で記憶するのが難しい。さらに電話を通した音声は実際のものとも違うので、気がつかなかった坂下さんを一概に責めるわけにはいかない。むしろ孫も含めて犬を飼いたいと言っているのにモモンガを飼うと言い出したことを責めるべきだ。

「いいや、ワシは15年経っても声を忘れるってことはないな。昨日のことのように鮮明に覚えておる」

親父は自信たっぷりにそう反論した。いや、だからアナタは数年前に本物の僕の声を偽者と判断して何度説明しても埒が明かないからハンコおしてもらうためだけに飛行機に乗って帰省したじゃないか、と言いたかったが、そういう指摘をすると結構面倒なことになるのが目に見えていたのでグッと堪えた。

「ワシはいまだに母ちゃんの声を覚えている」

また親父は言った。これまでで一番自信のありそうな口ぶりだったのだから、たぶん覚えているのだろう。

「俺は覚えてないな」

15年前に亡くした母親の姿かたち、言葉の内容、思い出は十分に覚えているのだけど、純粋に声だけを覚えているかと考えると、やはり覚えていない。正直に言うと、色々な女性の声を聞かされてどれかがあなたの母親の声ですって言われても当てられる自信がない。

ここでハッと我に帰った。もしかしたらもう二度と母親の声を聞けないのかもしれない、そんな考えが頭をよぎったのだ。アルバムを開けば過去の母親の写真などは山のように出てくる。けれども、どう思い返してみても声を収録した物が存在しない。

これがテクノロジーの発達した現代なら、スマホに残った母ちゃんの動画だとか、ボイスメモで声を録音したとか、ハンディカムで撮影した映像に声が入っていたとか、実は母ちゃんがYoutuberでうまい棒食ってる動画が上がってる、ってなるのだろうけど、僕の時代はそういったものはあまり手軽なものではなかった。

そういった家庭用の録画機器が高価で手が届かなかったというのもあったかもしれないが、そもそも、そういった家族の映像を残しておこうという意識もあまりなかったように思う。写真自体も一般的に見ると少なくて、母ちゃんが映った写真が何枚かアルバムに綴られているだけだった。

「声か……」

僕と親父の会話が止まった。テレビからは賑やかなバラエティ番組の音が流れていて、僕らの沈黙を一層引き立たせていた。考えていることはたぶん同じだ。母ちゃんの声を聞けないかもしれないというところに及んでいるのだ。

「そういえば母ちゃん撮影したビデオがあるかもしれん!」

親父が急に立ち上がった。

なんでも、随分昔に友人の誰かがビデオカメラを持ってきていて、物珍しさも手伝って仲間内でワイワイ撮影したことがあったらしい。つい先日、親父がアルバムなどを整理していたらそのビデオテープがでてきたらしい。

「確かにこの辺に……」

通称「カオス」と呼ばれる、ちょっとどこに片付けて良いのか分からない雑多な物置があって、圧倒的な貫禄でアンタッチャブルな雰囲気を醸し出している一角があるのだけど、そこを漁る親父。あーでもないこーでもないとゴソゴソとやっていると一本のテープがポロリと飛び出してきた。

「VHS-C」

最近ではほとんど見なくなったが、普通にビデオテープと言われて連想するVHSのテープと同じ形状でありながら、半分より少し小さいくらいの大きさをしたビデオテープにはそう書かれていた。調べてみるとVHS-Compact (ビデオホームシステムコンパクト) の略で、8ミリとの規格争いに敗れた悲しきビデオ規格であるようだった。

こりゃまいった。いまや普通のVHSビデオだって再生できる機器を探すのは大変なのに、それよりマニアックなVHS-Cとは。それにしてもこんな小さなのがあるんだなーとマジマジとテープを眺めていると、ラベルに薄っすらと文字が書いてあることいに気がついた。

「昭和の終わりに太極拳」

完全に意味不明すぎる。このラベルが我々に何を伝えたかったのか全く分からない。なんなんだよこれは、と親父を問い詰めると何かを思い出したらしく、説明を始めた。

「そういえば、大層なカメラがきて何かを撮影しようってなったんだけど、持ってきたやつも使い方がよく分かってなくて、どうしても音が録音できなかった。それで、音のいらない太極拳を撮影しようってことになってみんなでやったんだった」

音が撮れないから太極拳と言う思考回路が全く理解できない、何食って育ったらそんな発想になるのか理解できない。親の顔が、いや子供の顔が見てみたい、のだけど、これだけは言える。音が入っていないなら今求めている母ちゃんの音声も絶対にはいってないじゃないか。

ガッカリしつつも、このVHS-Cを再生する機器を捜し求めなくて済んだほっと胸を撫で下ろした。しかしながら事態は振り出しに戻った。親父と一緒に散らかしたカオス部分を片付けつつ、今度は僕の脳裏にある思い出が浮かんだ。

あれは僕が中学の時だっただろうか。

当時僕は「とんねるず」の音楽に夢中で、友人の高橋君から「嵐のマッチョマン」が収録されたカセットテープを借りたのだった。この高橋君のテープも何かラジオ番組みたいなものからの録音だったらしく、かなり音質が悪かった。

けれども、当時の僕はどうしてもその「嵐のマッチョマン」を自分のものにしたく、これをダビングすることを決意した。なけなしの小遣いをはたいて一番安いカセットテープを購入し、金持ちだった友人からダビング可能な二連装のラジカセを借りる。ただ、このラジカセが内部的にダビングしてくれるものではなく、単純に片方で再生してもう片方で録音するってだけの代物で、ラジカセの周囲で雑音を立てるとその音まで録音してしまうという、音質劣化どころの騒ぎじゃないローテクなものだった。

音を立てたら殺すと弟に厳命し、録音ボタンを押し、続いて静かに再生ボタンを押す。なぜか物音を立てないようにソーっとラジカセから離れ、正座する。おもむろに「嵐のマッチョマン」が流れ始める。クルクルと回るカセットテープの白い部分を眺める。そこに階下から大きな声が響き渡った。

「高橋君きてるよー!」

母ちゃんの声だった。完全に台無しだ。それでも無視していると

「なんか嵐のマンドリル?っていうの返して欲しいんだってー」

マンドリルってなんだよと思いつつ、高橋が来たと言うことはもう返さねばならないタイムリミットだ。母ちゃんの声が入ってしまったとはいえ、もうそれは許容する。百歩譲ってそれはいい。でも、頼むからせめて最後まで録音させてくれ!これ以上喋るな!そう心の中で懇願していると

「はやくしなさーい(怒)!」

怒号が響き渡った。これ以上は危険なので録音を諦め、オリジナルのテープを高橋君に返却した。そう、途中までの嵐のマッチョマンと母ちゃんの怒号が録音されたであろうテープを残して。

あのテープさえ発掘されれば母ちゃんの声を聞くことができる。そういえばなんかそういったテープが大量に僕の部屋から発掘されたことがあって、カオスみたいな物置のさらに奥、「深淵なるカオス」に押し込んだことがあった。もしかしたらそこにあるかもしれない。

「もしかしたらテープがあるかもしれん!母ちゃんの声が入ったテープがあるかもしれん!」

僕は立ち上がり、片付けたばかりのカオスを引っくり返し、さらに奥の深淵なるカオスを捜索する。そこは深淵なるカオスと呼ぶだけあって容赦なくカオスで、どうやったらこんな物を保存しておこうという気持ちになるのか理解に苦しむものばかりだった。日本人形の首だけとか、ナメ猫のキーホルダーだとか、クラッシュギャルズのプロマイドとかである。

そんな深淵なるカオスのさらに奥底にカセットテープの大群はあった。ビニール袋に入れられ、大事そうにガムテープでぐるぐる巻きにされていた。中には数本のカセットテープが入っていた。古いカセットテープと言うと無骨な感じを想像するが、以外にも当時はカラフルでオシャレなカセットテープが流行しだした時代だったようで、ちょっと現代でも通用するんじゃないかってレベルのスケルトンなオシャレデザインだった。

上手いことに深淵なるカオスの奥底にはくたびれたラジカセも置いてあって、さっそくそいつで再生してみることにした。一つ目のオレンジ色のテープを再生してみる。ちゃんと嵐のマッチョマンが入っているのか。それとも別の何かが入っているのか。それはそれで面白そうだ。ドキドキしながら再生ボタンを押した。

すぐにザーっというノイズが聞こえたかと思うと、どう考えても僕としか思えない声が聞こえてきた。

「えー、今日はちょっと僕のポエムを読もうと思います。一生懸命書きました。題名は”日曜日と火曜日のあいだ”です」

即座に停止ボタンを押した。

あぶねー、なんてものが出てくるんだ。なんてものを録音してんだ、俺は。こんな黒歴史のポエムを聞いた日には危うく一生消えない心の傷を負わされるところだった。危うく命を持っていかれるところだった。自分の書いたポエムをカセットに録音する。当時の僕はとんでもない闇という怪物を心の中に飼いならしていたのかもしれない。怖くて続きが聞けない。だいたい、”日曜日と火曜日のあいだ”ってなんだよ、月曜日じゃねえか。

どんな爆弾が潜んでいるのか分からない、これだから深淵なるカオスは恐ろしいのだ。それでもなんとかして母親の声が聞きたいので、オレンジのカセットテープを取り出して次のカセットをセットする。なんとか勇気を振り絞って再生ボタンを押した。

「ハーイ!7時からDJをバトンタッチしたのはぼくマイケル石橋。どこよりも早くごきげんなファンキーミュージックかけちゃうよ」

軽快なセリフが流れ始めた。嵐のマッチョマンだ!コピーのコピーなので信じられない音質の悪さだけど、間違いなく嵐のマッチョマンの冒頭のセリフ部分だ。音量を最大にし、ドキドキしながら聞き入る。

「ねえ、これもう録音してるの?」

弟の声だ。

「殺すぞ、黙れ」

僕の声だ。音楽に合わせて心温まる兄弟のやりとりも録音されていた。僕と親父、耳を凝らして続きを聞くのだけど、母親の声は聞こえてこない。そのうち

「わかってるってー!」

「あーもううっせえな、高橋くるのはえーんだよ!うっぜえ」

と僕の声だけが録音されていて、そのままガチャンと録音が止まってしまった。

「全然入ってねえな」

「よく考えたらそんなに集音性能が良いはずがない。下の階から声なんて録音できなかったんだ」

クソみたいなラジカセに標準搭載されている内蔵マイクです。その性能なんて推して知るレベル。今度こそはと思ったのですが、母ちゃんの声を聞くことはできませんでした。分かったことと言えば昔の僕が結構高橋君のことをうざったいと思っていたことくらいです。漫画とかでも借りた次の日に返してくれって来てましたからね。けっこうウザかった。

僕と親父は落胆しました。やっぱりもうダメなのか。もう僕らは母ちゃんの声を聞くことができないのか。聞けないとなるとどうしても聞きたくなるし、なんだか本当に母さんは死んでしまって会うことができないんだってことを痛感しました。

いや、もうそれは痛いほど分かってて、10年以上も経過してるのですからリアルに感じ取れているのですが、それでも記憶ってのは色褪せていかなくていつまでも自分の中にあるって思っていたのに、声も思い出せないくらい色褪せ劣化していくってことに直面してしまったんだと思います。なんかこう、無性に寂しかったんだと思います。

「もうダメなのか……」

二人して無言で畳を見つめていると、その視界の端に小さなカセットテープがありました。小さな小さなカセットテープが二つ、バツが悪そうに転がっていました。たぶん、先程「深淵なるカオス」を引っくり返した時に転がりでた物だと思います。

さっきのVHS-Cテープも普通のVHSテープに比べて随分と小さかったですが、今度のカセットテープはもっと小さい。嵐のマッチョマンや、はずかしポエムが収録されていたカセットテープと比べても歴然たる小ささです。

「なにこれ、こんな小さなテープってありえるの?」

大きさは普通のカセットテープの1/3程度しかなく、単にカセットテープを模したミニチュアのオモチャみたいな外観だ。本当にこんなテープが存在するのかと驚くのだけど、調べてみたとこころ、どうやら留守番電話用の録音用に開発されたテープのようで、初期の留守番テープや音声レコーダーに積極的に搭載されていたらしい。

そういえば、我が家は商売をやっていた関係上、留守番電話があると物凄い便利だってことで、まだ世の中では全然普及していないのに貧しいながらも無理して購入した思い出がある。その外観と、留守でもメッセージを吹き込むことができるという機能に、幼い僕は未来の電話が来たと驚いたものだった。よくよく思い出してみると、その電話には確かに小さなカセットテープが二つ並ぶように搭載されていた。

「これに母ちゃんの声が入ってないかな?」

一縷の望みに賭ける。そんな表現が適切な表情で提案した。しかしながら、親父はすぐさま否定した。

「いやー、入ってないだろ、誰が好き好んで留守だって分かってる自分の家に電話かけてきてメッセージを吹き込むか。そんなやついたら頭おかしいだろ。病気を疑うわ」

ひどい言いぶりだが親父の言うことももっともだ。留守番に家人のメッセージが録音されていることはあまりないだろう。

「でもさ、なんでこれ2つあるの?メッセージ吹き込むならテープ1つでよくない?」

いま、手元には全く同じ形状をした小さなテープが2つ。記憶の中の留守番電話もテープが2つ並ぶようにして収まっていた。それは良く考えると疑問だ。

「たしか、1つはかかってきた電話のメッセージを録音する用のテープ、もうひとつが応答メッセージを録音するテープだったはず」

親父がそう言った時、僕らは何かを思い出したかのように顔を見合わせた。

「確かにみんなで録音したぞ!」

そう、当時の留守番電話は、応答のメッセージ「ただいま留守にしておりますピーっという発信音の後にメッセージを……」というものまでテープに収録して流していた。そうなると当然ながら応答メッセージを流す用のテープと録音用のテープが必要になる。そんな理由で二連装になっていたのだ。

テープで録音した応答メッセージが流れる留守番電話ということはそのテープに上から録音すれば独自の応答メッセージが流れる。もちろん最初は綺麗な声のナレーターみたいな女性の声が入っているのだけど、面白がって家族全員で色々な応答メッセージを録音したのだった。確かに録音したはずだ。きっと、その中に母親の声が入っているはず。

僕と親父は色めき立った。このテープを聴けばきっと母ちゃんの声が入っている。きっと入っている。この小さな小さなカセットテープに求めるものが入っているのだ。どんな愉快な音楽を聞いたときより心が躍った。

しかし、喜びも束の間、またしても途方にくれる。どうやって再生するんだ、これ。明らかに大きさが違うのだから目の前にあるラジカセには入りそうにない。このテープ自体を売っているところなんて見たこともないのだから、当然ながら大きな電気屋に行ったところで再生機器を売っているとも思えない。メディアがあるのに本体がないというジレンマ。

ちょろっとネットで調べてみると、こうやって再生機器がなくなってしまい媒体だけが残ったものを現代の機器で再生できるようにダビングしてくれるサービスがあるらしい。過去のビデオテープとかDVDにしたりしてくれるらしい。この小さなカセットテープも対応しているようで、少し時間とお金ががかかってしまうけれども、仕方がない、母親の声を聞くにはそこに頼むしかないない、と考え始めたとき、さらなる奇跡が起こった。

「これじゃねえか?」

親父が「深淵なるカオス」から白いボディの、年月を経て少し黄色く変色したボディの電話機を発掘してきた。見ると、小さなカセットテープを2つ入れる場所も兼ね備えている。明らかに記憶の中にあるあの留守番電話だ。もしこれが動くのならば、再生することができる。

「こりゃ、やるしかねえぞ」

早速、埃を払いのけ、裏面を開けて朽ち果てかけていた電池を入れ替える。さらに奥底から電源コードも発見されたので接続して電源を入れる。日本の技術力ってすごいな。もうすごい年月が経過して色褪せてるというのに、ランプが点灯して動き出したんだ。

電話部分はぶっ壊れているらしく、フックを上げ下げしても何の反応もない。けれども、その横のテープの部分は生きているっぽい。再生ボタンを押すと中についている丸い突起がクルクルと回りだした。

「これはいける!」

早速、二つあるミニカセットテープの1つをセットし再生ボタンを押す。キーキーと不安になる軋む音が出てきたがすぐに落ち着き、スピーカーからボソボソと雑音のようなものが聞こえてきた。

「ピー、山本です。また電話いたします」

おいおい、しっかりと記録されてるじゃねえか。僕と親父は興奮した。狙っていた応答用メッセージではなく、メッセージ録音用のテープだったが、山本さんの声はしっかりと記録されたいた。まさか山本さんも悠久の時を経て遥か未来で再生されるとは思わなかっただろう。次々とメッセージが再生されていった。

「えー、以前連絡した作業の着手ですが、来週の木曜日でよろしいでしょうか?」

「本日訪問する約束でしたが、明日に変更してもらってよろしいでしょうか」

次々とメッセージが再生される。どうやら親父の仕事関係の連絡が主なようで、当時はあまり出回ってなかった留守番電話に戸惑いつつ、メッセージを残していく仕事関係の人々の声が残されていた。どうやらその中には疎遠になってもう会えなくなってしまった人や、他界してしまった親しい人の声もあったらしく、親父は懐かしそうな瞳をしていた。

そんなおセンチな気持ちをぶち破るような衝撃的なメッセージが再生される。

「えー、ワシです。ちょっと家にかけたらどうなるかなって思って電話しました。留守なのはわかってたんだけど、本当に留守番電話が起動していて文明のすごさを実感します。時間が余ったのでベンチャーズの話をします。ベンチャーズのドン・ウィルソンは「ピー!メッセージは終了です」」

どっからどうみても、いや聞いても見紛う事なき、いや聞き紛う事なき親父の声じゃないですか。先程の親父のセリフがリフレインします。「誰が好き好んで留守だって分かってる自分の家に電話かけてきてメッセージを吹き込むか。そんなやついたら頭おかしいだろ。病気を疑うわ」ここまで全ての項目を満たすブーメランもそんなにない。

「ピー、えっと高橋です。貸していたジャンプを返して欲しくて電話しました。すぐ必要なので返してください」

ホント、高橋うぜえ。時空を超えてうぜえ。だいたいなんだよ、すぐさま週刊少年ジャンプが必要になる状況ってなんだよ。不良に絡まれてボディを殴られたときのためにあらかじめジャンプを腹にしのばせる、くらいの状況しか想像できない。

とにかく、予想外に懐かしかったとはいえこちらのテープには求めている母親の声は収録されていない。もう1つの応答用のメッセージを収録したテープに求めるものが入っているはずだ。早速、もう1つテープをセットし、再生ボタンを押す。

「ただいま留守にしております」

弟の声だ。音質は悪いが確かに幼き日の弟の声だ。心なしか少し緊張しているように聞こえる。

「ご用件のある方はピーっという発信音の後にメッセージを録音してくれていyhdんkl」

くっそ噛んでる。弟、くっそ噛んでる。予想通り家族のメッセージが入っていた。何事においても予想通りに物事が進むと気持ちが良いものである。テープはすぐに次のメッセージを再生した。

「ただいま留守にしているようです」

なんか他人事みたいな言いっぷりだけど、これは幼き頃の僕の声だ。まだ真っ直ぐに輝かしい未来を信じていたころの純粋な僕の声だ。

「ご用件のあるかたは、ピーっという発信音の後にメッセージを入れる」

いやいやいや、「入れる」で切るのはおかしくないか。あまりにおかしくないか。そこで言い切るのは完全におかしい。幼い頃の僕、大丈夫か。

「ただいま留守にしております。ピーっという発信音のあとにお名前と用件を録音してください」

親父の声だった。意外にまともで、もっとこう意味不明な念仏でも唱えててくれていれば面白かったというのに、本当につまらないやつだ、そう思った。

弟、僕、親父とくればおそらく次は母ちゃんだろう。ついに求めていた母ちゃんの声を聞くことができる。僕の胸は高鳴った。親父もきっと同じ思いだったのだろう、少しだけ表情を強張らせ緊張しているのが伝わってきた。

「ただいま留守にしております」

母さんの声だった。

予想していたよりずっと優しくてずっと穏やかで安心する声だった。やはり僕は母さんの声を覚えていなかったのだろう。こうやって聞いてみて思い出すことができた。それが母さんの声だと認識できた瞬間、記憶の中のあらゆるシーンの中の母さんのセリフに吹き替えがあてられたような感覚だった。

「母ちゃんの声だな」

「だな」

覚えていると豪語していた親父も同じ思いだったのだろう、いつの間にか風化していた記憶と、鮮明に蘇った記憶に戸惑っているようだった。テープの中の母さんのセリフは続く。

「不在にしており申し訳ありません。ご用件のある方は、」

不思議なほどに心地よい声に優しい口調。なんだかそのまま寝入ってしまいそうな安堵感に包まれた。さらに耳を傾ける。

「後でおかけ直しいただくか、発信音のあとにお名前と用件を吹き込んで……」

テープの中の母さんが急に沈黙した。セリフの途中で突如止まる。一瞬、テープの劣化によって再生されずにぶつ切りにされたのかと思ったが,変わらずノイズのような音が流れていたので、本当に母ちゃんが沈黙しているだけだったのだろう。僕と親父は電話機へと顔を近づけた。その瞬間だった。衝撃的なセリフが再生されたのだった。

「フィリピンパブ!」

母ちゃんの声だった。先程までの優しい口調とは異なり、野太い乱暴な口調だったが、確かにこれも母ちゃんの声だった。それにしてもさっきまで穏やかにご用件のある方はとか穏やかに話していたのに、なぜフィリピンパブなのか。狂ったのか。それとも長い年月でテープがおかしくなったのか。

何度も巻き戻して再生してみたが、やはり「フィリピンパブ」と少し怒りながら録音されていた。一体何事だ。

あれだけ探していた母ちゃんの声に辿りつく事はできたし、思い出すこともできた。けれどもなぜあの場面でフィリピンパブなのか、新たな謎が生じることとなってしまった。

ここからは僕と親父の憶測の域を出ないのだけど、母ちゃんはフィリピン人女性と親しくしていた時期があった。そのフィリピン人はフィリピンパブと呼ばれる場所で働いており、休みの日などはよく母ちゃんと買い物に出かけたりしていた。

一見すると仲の良い二人だったのだけど、文化や価値観の違いからしょっちゅう喧嘩をしており、あるとき決定的に仲違いして絶縁状態みたいになったことがあったらしい。

それからしばらくして我が家に無言電話が相次ぐようになり、母ちゃんはノイローゼみたいな状態になり、しょっちゅう「絶対あの女のしわざだ、こんどかかってきたら怒鳴ってやる」とブツブツいい、本当に無言電話がかかってくると「フィリピンパブ!」って怒鳴っていたらしい。なんでパブなのかは全然分からんけど。

「たぶん、留守番電話のメッセージ吹き込んでいたら心配になったんじゃないかな。無言電話かかってきても留守番電話なら普通に対応してしまう。どうしたらいいんだ、そうだ、無言電話にも対応できるメッセージを吹き込んでいようって思ったんじゃないかな、それでああなったと」

遠い記憶の中にあった母さんの思い出は無声映画のように静かで優しいものだったけど、この日、声を聞いたことでさらに優しいものに吹き替えが行われ、さらに鬼の形相で「フィリピンパブ」と罵る老婆の姿に置換された。

僕らはあまりに便利な現代のテクノロジーによって、多くのことに真剣に取り組まない。友達や家族の電話番号を覚えているだろうか。本気で約束し連絡を取り合っているだろうか。画像なしに思い出の場面を思い出すことができるだろうか。大切な誰かのことを忘れずにいられるだろうか。

今あなたの身の回りにあるものは当たり前の存在で、それらの記録や繋がりを残すことはテクノロジーを使えば容易い。でも、それらは本質ではない。本当に大切なものは真剣に向き合い、テクノロジーに頼らず覚えていられるように努力して欲しい。便利さゆえに忘れがちな何かを失わないで欲しい。

さもなくば、僕のように母親を思い出すたびに脳裏をフィリピンパブが通り過ぎるようになってしまいかねないのだから。

遠いあの日、雪が降っていた。卒業式の前日だ。母さんは、小さなノートを僕に渡してくれた。これに友達の連絡先とか書いてもらいなさい。小学校を卒業する僕は、そんなものいらないといった。みんな同じ中学に行くんだ、必要ない、そう言ったが、誰にも書いてもらえないのが怖かった。母さんは優しく言った。そういうものじゃない。本気で誰かと仲良く関係を続けていきたいならこれからも仲良くしていきたいと意思表示しなさい。優しくそういった。でも僕は本当に怖くて、それを誰かに差し出すことはできなかった。真っ白なノートを見て母さんにどういっていいのか分からず、泣きながら謝ると、母さんは優しく頭を撫でてこう言った。「フィリピンパブ」

これは途方もない悲劇だ。


6/19 真夜中のシャドーボーイ

「そうあるべきことのようにふるまっているそうではないもの」

なんだかあまりに詩的な表現で、結構うざったい感じのブス、言うなれば皆でキャーキャーと昨日のテレビ面白かったねとか盛り上がってるところにズイと入ってきて、私、バラエティは観ないのよね、だいたいナショジオばっかだし、とかドヤ顔で言いそうなしゃらくさいブスが、ナショジオで特集される側の猛獣みてえなブスが、好きな人ができたときに遠まわしのアピールとして自身のSNSで書きそうなポエミーな文章ですが、これって結構そのへんに溢れていることなんじゃないかって思うんです。

「そうあるべきことのようにふるまっているそうではないもの」、もっと分かりやすく言うと、実際にはそうではないのにそうであるように扱われているものなわけで、早い話、暗黙の了解というヤツなんですよ。冷静に考えて、ちょっと立ち止まって落ち着いて考えてみると違うのに、そうであるように扱われていたり、そうであると考えられていたり、そうであることが当然のように価値観を共有されていたりする、そういうことって結構多いと思うんです。

例えば、ウチの職場では普段の飲み会や栗拾いツアーやバーベキュー大会など職場内でのイベントの際には僕を誘わないのが当たり前となっており、そうなると「patoは誘ってもこない」「patoはこいうイベントが嫌い」みたいな価値観が全員で共有されるようになるんです。実はこれ、単純に嫌いだから誘わないことに対する罪悪感を暗黙の了解で薄めているに過ぎないのです。

実際の僕は誘われれば喜んで行くし、そういう飲み会行こう的な話題で盛り上がってるときは誘われるようにちょっとカレンダーに「この日はあいてる」みたいなスマイルマークを書き込んだりしてるほどなのですが、やっぱ、何がどうなっても誘ってもらえないんですね。

これも、彼らの間では「patoは誘ってもこない」という暗黙の了解が出来上がっているのですが、実際の僕は誘われたい、栗を拾いまくりたい、そんな思いに溢れているのです。この時点で「そうあるべきことのようにふるまっているそうではないもの」なわけなのです。

では、「そうあるべきことのようにふるまっているそうではないもの」何度も言いますがナショジオしか観ないブスが言いそうなこの現象に接した際、どのような行動をとるのが正解でしょうか。もちろん、これは暗黙の了解ですから、そうでないと分かっている分かっていないに関わらず、そうであるように対応するのが正解です。 どうみてもブスなのに、素手で鮭とか取ってそうなレベルのブスなのに周囲の人間が「カワイイ」「カワイイ」と連呼する。この場合はどうでしょうか。これは完全に暗黙の了解が形成されています。認知的不協和に陥りそうですが、冷静にこの了解に向き合う必要があります。

そして気がつくでしょう。そこには不可解な暗黙の了解が形成されるに至った理由が存在するはずなのです。ブスに親を人質に取られてるとか、実家の抵当を握られてるとか、了解するしかない理由が必ずあるはずなのです。ですから、それに沿って「かわいいね」って言っておくのが社会生活を営む人間として正解で、「素手で鮭とって冬眠の準備しそう」なんて絶対に言ってはいけないのです。絶対に暗黙の了解を破ってはいけない。だからこそ暗黙の了解なのです。

けれども、暗黙の了解ってやつは世の中を円滑に回す潤滑油のようなものですけど、言い換えればそれは思考停止でしかないわけです。そこから物語は絶対に展開しない。「Aだよね」「うんAだね」これでは僕らの中を日々通り過ぎていく莫大な量の情報たちと何ら変わらないのです。「Aだよね」「果たしてそうだろうか?」このスキームこそが新たな物語を展開させるきっかけとなりうる。僕らは時にその段階を目指さなければならない。

あれは先日のことでした。

職場の同僚がちょっとした雑談で、「昨日朝までエロ動画みちゃってサ」みたいな事を言い出したのです。「おいおいドエロ~」みたいな感じで同僚たちは盛り上がっていたわけなんですが、よくよく考えたらこれって変じゃないですか。

朝まで映画を見ていた、朝まで小説を読んでいた、朝まで漫画を読んでいた、これらなら分かるのですが、朝までエロ動画を見ていた、これはおかしい、絶対におかしい。そもそもエロ動画は継続的に鑑賞するものじゃない。

もちろん、そんなもの完全に人それぞれなのですが、もちろん真っ暗な部屋で呆然とエロ動画を眺めていて気付いたら朝になってたって構わないんですが、やっぱりそれって変じゃないですか。あまり下品なこと言いたくなくて遠まわしに言おうとしてましたけど、もうダイレクトでいいますね、エロ動画なんてオナニー終わったらもう見ねえよ。

じゃあなんで彼はそこまでする必要があったのか、一体何に追い立てられて朝までエロビデオを見るに至ったのか、推理を始めたわけです。別に本人に質問したほうが早いんですけど、彼とはそんなに仲良くないので質問したところで「お前誰?」みたいに言い返されるのが関の山、だから勝手に推理します。

まず、夢中でエロ動画を見ていたら気付いたら朝になっていたという説。これはまあ、ありえません。先程も言いましたが、ありえません。エロ動画に対して芸術性へ作品性を見出しているならギリギリ理解できますが、件の彼はそこまでに達してもない感じです。そもそも重要な絡み部分以外は飛ばされがちなのがエロ動画です。再生して一気にフェラシーン、なんてやるのが普通の世界です。やっぱりこれはちょっとありえない。

では、彼は何らかのノルマを課せられていたという説。もしかしたら、エロ動画に関するレビューを執筆していたり、彼の主催するイベントでエロ動画を紹介したりするのかもしれません。うーん、ちょっと考えたけど、そんな頭のおかしい人はそうそういないですよね。これもちょっと違うと思います。

じゃあ、彼は普段はナショジオしか観ない説。ナショジオしか見ないので、普通のバラエティと勘違いしてエロ動画を朝までみてしまったすいませんこれはありえないですね。

そうなるともう、これは「Xvideosが削除されやすいから」この理由しか思い当たらないのです。もうこれしか考えられない。

Xvideosとは、もはや知らない人はいないと思いますが、普段はナショジオしか見ない人のために念のために説明しておきますと、インターネット界に彗星のごとく現れた救世主、エロ動画界の雄とも言うべき偉大なるサイトです。

2045年、この年は技術的特異点が到来するであろうと言われています。具体的には人工知能が人間の知能を超えるといわれ、人類が人工知能に支配されるのではないかという危惧があるわけなのです。もし、そんな世界が訪れたとしても、人類の知能を凌駕した人工知能はきっとXvideosにアクセスして人工知能同士の絡みの動画を見ているだろうと言われるくらい、僕が勝手に言ってるんですけど、それくらいすごいサイト、それがXvideosなのです。

僕は本気でXvideosのことを神のようなサイトだと思っていて、大切なことの多くはXvideosから学んだし、健やかなる時も悲しいときもいつも傍にはXvideosがいたんですけど、その神サイトであるXvideosに唯一欠点があるとすれば、唯一じゃなくて2つあるんですけど、一つは検索がカスということともう一つ、削除が異常に早いということなんです。

「削除が早い」と皆さんが聞いて想像する早さってあるじゃないですか。まあ、早いといっても1日とかそこらの早さ、昨日まで見れたのにもう消えてるとか、そんくらいの想像するじゃないですか、みんなそれくらいを想像すると思います。ふん、ちゃんちゃらおかしいわ、出直してこい。あのね、実際にはそれと一桁オーダー違いで早いですからね。

うお、エロそうな動画!飯食ってから本格的に観よう!と喜び勇んで飯食ってアクセスしたらもう消えてる、ってレベルですからね。誇張でも何でもなくて、本当のこのレベルで消えている。驚くほどの仕事の速さ、削除の早さ、それがXvideosにはあるんです。アングラな扱いで、違法性なども加味すると仕方ないこととはいえ、その早さは衝撃レベルなのです。

そうなってくるとある仮説が成り立ちます。もしかして同僚は、大量に良いエロ動画を見つけたのではないだろうか。これは経験した人にしか分からないと思いますけど、大量に好みのエロ動画を見つけるということは即ち、大量の好みの女を恋人にしたのと同義です。一夫多妻制。どれだけ有頂天か想像してみてください。

けれども、その大量の愛しき人たちが、とんでもない早さで削除されていく。恋人が消されていくんですよ!has been deletedとか言ってる場合じゃなく削除されていくんですよ。完全に人殺しじゃないですか。仕方ないこととはいえ、やはり心にぽっかり穴が開く感情が芽生えてくるはずです。

せめて残された僅かな時間を二人で過ごそう、朝まで思い出を語り合って、出会ってくれたこと生まれてくれたことに感謝しよう。僕らが出会ったんは必然かな偶然かな。そういってお互いに指を絡め合った。二人の時間がせめて平穏で心安らかなもので、なるべく深い緑に包まれているように願おう。そうだな、深緑がいい。僕らは決して言葉は多くないまでも心で語り合った。見つめあう時間、時の流れを感じた。気付くと、東の空が明るくなっていた。朝日に照らされた町並みは色鮮やかで、その鮮やかさが僕らの絶望を一際鮮明にした。綺麗で鮮やかで眩しくて、決して手の届かない眩い希望が目の前にあること、それが絶望なのだ。僕はそっと彼女の髪を撫でた。もう彼女は動かなかった。カーテンの隙間から入り込んできた朝の光は僕の足元まで伸びてきていた。バイクの音が少しづつ近づいてくる。きっと新聞配達だろう。朝は変わらず毎日やってくる。それがどれだけ残酷なことかも知らずに。

とまあ、こういうことですよ。全然意味分からないですけど、こういうことです。つまり、彼は沢山見つけたエロ動画を消される前に見ようと奮闘したら朝になっていた、朝までずっとエロビデオみていたってことですよ。完全にバカじゃねえか。

でもまあ、彼の気持ちもわかるんです。見よう見ようと思っていたエロ動画が削除される、これは勇気が出せなくて告白できなかった女の子に10年後に同窓会であの時、好きだったんだよって言われるよりあちゃーってなりますから、そりゃ夜を徹して見てしまうのも理解できる。

でもね、何も夜を徹して見なくてもいいんじゃないか。もっと昼間とかに見てもいいんじゃないか、そう思うんですけど、そこで「暗黙の了解」が立ちはだかってくるんです。一応社会人として生きる以上、「職場でエロ動画を見ない」っていう暗黙の了解、鉄の掟が存在するんです。やっぱ真面目に働いている場面でエロ動画をましてやXvideosを閲覧するなんてあってはならないことなんです。

その暗黙の了解が、上質のエロ動画の発見を遅らせているのではないか、僕はそう考えるのです。見つけて削除された、なんてのは氷山の一角で、こうしてる間にも僕の知らないところで知らない上質のエロ動画が削除され続けている。地球温暖化により遠い南極の氷が溶ける音は聞こえないけど僕の心を締め付ける。同じようにエロ動画が削除される音は僕らの心をキュッと締め付けるんです。

でもね、職場でXvideosを閲覧するようになったらどうですか。そうですよ、沢山の上質エロ動画を発見することができるのです。ものすごいものが見つかる可能性だってありますよ。ナンパ物なんていいやつが20個は見つかりますよ。これはもう、やるしかないでしょう。

そうなってくると一つの大きな問題がありまして、いくらなんでも職場でXvideosを観ていたら解雇になる、セクハラ的問題にもきっと発展する、という由々しき問題というか、そもそも当たり前の問題が生じてくるんです。

なんとかして暗黙の了解を破って職場でXvideosを観たい。そうすることできっと僕という物語は新たに展開する。けれどもそれをやったら解雇だ。悶々と悩んで悩んで悩みぬいて、そしてある一つの結論に至ったのです。

帰宅時の車の中で見る。

もちろん、運転中に携帯電話を見るのはご法度ですから、これは職場の駐車場に停車状態にある車の中で行います。実はこれ、ものすごいエアポケットみたいなスキマでして、完全に神が与えたもうた神の領域。職場の駐車場なのでロケーションとしては職場、なのに仕事を終えて帰るところなので完全にプライベート。おまけに他に誰もいないパーソナルスペースってことで、もうXvideosを観るためだけに用意された舞台みたいなもんなんですわ。むしろ、車って移動する手段だったっけ?くらいのもんですよ。

仕事を終え、駐車場まで歩いて車に乗り込む。するとなんかすごい心が落ち着くんですよ。木々のざわめきを聞いて、一枚一枚の葉っぱがこすれあう音を聞き分けられるような、そんな落ちついた気持ちになるのです。だからといって、決して怠惰に浸っているわけではなく、心は研ぎ澄まされていて鋭利な刃物のような感じで、まるで日本刀と同化した感覚に包まれている自分に気がつくんです。

そんな状態で探すエロ動画がつまらないはずがない。そりゃもうすげえの見つけちゃいましてね、年に1本見つけられるかどうかみたいなレベルの極上のエロ動画を発見するわけなんですよ。未来のスターを発見したスカウトマンみたいな気分ですよ。

こりゃ暗黙の了解を破って物語が展開した。極上のエロ動画を掴み取った。物理的に掴めるならエロ動画を鷲掴みにして誇らしく天空に捧げたいくらいですよ。

そうなると、いよいよそのエロ動画を活用する段階になるんですけど、良く考えたらここは職場で車の中じゃないですか。いくらパーソナルスペースといえども外から丸見えで、こんなとこでおっぱじめようものなら逮捕までありますよ、逮捕まで。

もう取り急いで家まで帰宅する必要があるわけで、早速愛車のエンジンに火を入れ、我が家までの道のりをひた走ることになるんですが、ここでね、すごい不安な気持ちが湧き上がってくるんですよ。

「もしかして削除されてるんじゃないか」

戦場ではいいやつほど早く死ぬ。それと同じでXvideosではいい動画ほど早く死ぬ。あれだけの動画ですから、家に帰ったら「はい、has been、has been」って感じで消えてる可能性が高いんですよ。

そうなってくると、運転していても考えることはXvideosのことばかり。もうセンターラインの白線とかシークバーの読み込み終了したところにしか見えませんからね。これくらいの長さの白なら一気にフェラまで飛ばせるな、くらい考えてましたからね。

もうとにかくエロ動画、エロ動画でしてね、早く家に帰り着くことを切望したんですけど、こういう時に限って普段はスカスカの道路が混み合っていたりしてですね、もう気が焦るばかり。そんな折、信号待ちである交差点に停車したんです。

ここはかねてから信号待ちの時間が長いことで有名な交差点。普段ならがっかりするところですが、僕はチャンスだと思いました。この間なら動画のチェックができる!いつもならイライラする長い信号待ちも今日ばかりは神が与えたもうたチャンスと、ポケットから携帯電話をだして更新ボタンを押したのです。

「よかったまだ生きていた」

日常生活においてこれだけ安堵することがあるだろうかというレベルで安堵した。戦地から孫が無事に帰ってきた老人のような表情をしながら前を見ると、信号が青になっていた。こりゃいかん、すぐに発進させないと後ろからクラクションとか鳴らされてしまう。携帯電話をポケットにしまう余裕はなかった。

仕方なしに携帯電話を手に持ったままハンドルを握りそのまま発進。すると、けたたましい音と共に大阪辺りの暴力的な祭りみたいな感じで賑やかなパトカーが踊りだしてきた。

「はい、そこの車、交差点過ぎたら左に寄せて停まってください」

完全に僕のことを指し示していて、あちゃーって感じなんですけど、素直に従って路肩に車を停車します。パトカーは僕の真後ろにピタリとくっつけて停車すると、警官の方が颯爽と降りてきました。で、運転席に駆け寄り軽妙に話しかけてきます。

「だめじゃなーい!」

「はい?」

実はお恥ずかしい話ですが、この時点で何が違反だったのか全然分かってなかったんですね。で、すごい素っ頓狂な、女の子に告白したら、うちの米屋の経営が大変だから付き合えないって言われてた時みたいな顔してました。

「携帯、使ってたでしょ」

「信号待ちのときはいいけど、動き出したら使っちゃだめだよ」

とか言われて、僕が不勉強だったんですけど、画面を見るとか操作するとかしなくても持ってるだけで携帯電話使用の違反になるみたいなんです。ここで該当条文を紐解いてみると、携帯電話使用に関する条文は道路交通法第七十一条五項の5ですね。

自動車又は原動機付自転車を運転する場合においては、当該自動車等が停止しているときを除き、携帯電話用装置、自動車電話用装置その他の無線通話装置(その 全部又は一部を手で保持しなければ送信及び受信のいずれをも行うことができないものに限る。)を通話(傷病者の 救護又は公共の安全の維持のため当該自動車等の走行中に緊急やむを得ずに行うものを除く。)のために使用し、 又は当該自動車等に取り付けられ若しくは持ち込まれた画像表示用装置に表示された画像を注視しないこと

オラオラ、どこにも持つだけでダメなんて書いてねえじゃねえか、通話のために使用か画像を注視とか書いてるじゃねえかオラオラ、じゃあスマホに見える木綿豆腐とか持って運転してたら捕まるんか、とか思うんですけど、やっぱね、こりゃ僕が悪いですよ。運転ってのは慣れてくると忘れがちですが、自分の生命どころか人の生命を奪いかねない危険なものです。それをXvideosのエロ動画に心奪われた状態でする、これは良くありません。おまけに見ないまでも携帯電話を手に持った状態、これも危険です。よく事故を起こさなかったなと思うくらいですよ。

そんな考えに至りましてね、素直に違反キップに署名をし、反則金の納付書を受け取りました。違反点数1点、反則金6000円です。まあ、点数はともかく、6000円はまあまあ痛い。

「何見てたの?」

違反キップの処理をしながらパトカー助手席の警官が質問します。

「いえ、見てはないです持ってただけです」

そう答えると、

「いやいや、信号待ちのときから凝視してたでしょ?何見てたの?すげえ真剣だったけど」

ああ、信号待ちの段階から狙いを定めてるのかとか思いつつ、そこで注意してくれれば違反なんかしなかったのに、するのを待ってたのか、と思いつつ、さすがにXvideosを見ていたとは恥ずかしくて言えず

「まあ、いろいろ見てました」

いろいろって言葉すげえ便利だなと思いつつ適当に愛想笑い。すると、

「次からは気をつけて!」

そんな言葉と共に開放されました。

その後はなんとか無事に家に帰って、ちょっとオドオドしながらXvideosにアクセスすると、件の動画は削除されていました。ほれみたことか。

自分が悪いとは言え、今日はついてないな。お目当ての動画は消えるし、違反で捕まるし、職場のブスが石垣島土産で配ってた意味不明なクッキー僕だけ貰えないし、とションボリしながら頂戴した違反キップと反則金の納付書を見て、一つの考えに至ったのです。

「この反則金払わなかったらどうなるんだろう」

皆さんは、交通違反の反則金を払わなかったらどうなると思いますか?罰則の金なんだから払わなかったら警察に捕まったり大変なことになるんじゃないか、刑務所に入れられるんじゃないか、そもそも自分が違反したことで払わなきゃいけない罰金だろ、ちゃんと払えよ、それを払わず逃げようなんてpato最低!pato死ね!pato加齢臭!と思うかもしれません、けれども、実はこれ、pato加齢臭以外全部間違いです。

僕らはいつの間にか交通違反の反則金は払わなければならない、そんな暗黙の了解にはめ込まれてしまっているのです。ここに大きな行き違いがある。

順を追って説明していきましょう。まず、交通違反のときに納めるお金は罰金ではなく反則金であるという点です。ここは大切です。罰金とは裁判によって確定する刑で、お金によって支払う財産刑です。交通違反でも重大な違反は裁判にかけられ罰金刑となりますが、軽微な違反に関しては必ずしもそうなりません。変わりに反則金というものが登場してきます。

次に、ここで登場した反則金とはなんでしょう。そもそも、全ての交通違反は裁判による審理を受け刑事処分を受ける必要があります。けれども、それはあまり現実的ではありません。数多くの違反を裁判で処理することは現実的に不可能ですし、裁判によって刑が確定すると前科となるわけで、すると国民の大部分が前科を保有するような事態に陥る可能性だってあります。それだったら、軽い違反だったら反則金を支払うことで、その後の裁判だとかの刑事手続きを免除してあげようか、ということなのです。

次に加齢臭ですが、最近寝ようと思って布団に入ると枕から知らないおっさんの臭いがしてきて、家に変なオッサンが侵入してきて勝手に枕を使ってて、と恐怖したのですが、良く考えたら僕の臭いでってこれはいいですね、関係なかったですね。

まあ、簡単に説明すると、普通は交通違反で捕まってもみんな等しく裁判を受けたり刑事処分の手続きが必要なんだけど、それは大変だから軽い違反の時は反則金で許してあげるよ、ってことなのです。

ちなみに、その許してもらえる境界線ってのが、違反のときに貰う違反切符の色で、青い色した青キップが軽微な違反、反則金で許してあげる。赤切符が重大な違反、ダメということになります。

ということで、ここで大切で重要なのは、交通違反をした場合は反則金を支払わなければならない、いつの間にか多くの人がそう信じている暗黙の了解にあります。実際には裁判とか大変だから反則金払えば免除してあげるよという制度、これは裏を返せば裁判とか受けるつもりなら反則金払わないでいいよ、ということなのです。そう、反則金の納付は強制ではなくあくまで任意なのです。

実際には払わなくてもいいのに払わないといけないと思われている、これぞまさしく「そうあるべきことのようにふるまっているそうではないもの」ではないですか。では、この暗黙の了解を打ち破り、ずっと反則金を払わないでいたらどうなるか、きっと何らかの物語が展開するのでしょう。しっかりと事の顛末を見てみましょう。

交通違反で反則金の納付書を貰った人なら分かると思うけど、この納付書、とにかく不便にできている。納付できる場所も郵便局とか銀行だけだし、なにより納付期限が1週間くらいしかない。すぐに期限切れになって納付できなくなってしまう。

納付期限が切れても特段気にすることなく日々の生活を過ごしていると、1ヶ月くらいしてちょっと物々しい感じの郵便でもう一度納付書が送られてきます。この際、反則金の金額が郵便代だったか手数料だったかが上乗せされていて、僕の場合6000円が6800円になってました。

それでもまだまだ納付は任意ですので払わずにいると、今度は最寄の警察署からダイレクトに連絡がきます。この辺は警察署によって運用が違うと思うのですが、たぶん警察としては反則金を支払ってもらったほうが処理的に楽なんでしょうね、結構頻繁に支払うように連絡が来ます。

封書で4回くらい、警察署に出頭してきて納付するようにとか手紙がきます。赤い便箋とか黄色い便箋とか使ってきて結構物々しいのですが、まだ出頭も納付も任意です。強制ではなく払いたい人が払うというものです。

そうこうしていると警察署からダイレクトに電話がかかってきます。

「○○日の違反についてですが、反則金を納付してください」

みたいな感じで警察官の方からかなり単刀直入にいわれます。そこでしっかり主張しましょう。

「あ、納付するつもりはないです。検察にまわしてください」

反則金が納付されなかった場合は刑事手続きに移るため警察から検察に移動します。気を使っていつまでも警察で止めてるみたいな感じだったので、はやく検察に移してくれと言いました。すると何をトチ狂ったのか電話口の警察官の方が、

「いやいや、反則金は全員納付することになってます。それはできません」

僕驚いちゃいましてね、そんなはずはない。絶対に納付は任意であるはずなので

「いや、貰った違反切符にすげえ小さい字で「反則金の納付は任意」って書いてあるんですけど、本当に全員が納付するんですか?どんな法律ですか?」

と主張したら、電話口の警察官の方、ちょっと上司に相談しに行った後に

「分かりました、検察に移します。そうなると、もしかしたら事情聴取とか詳しい話を聞く必要が出てきますから、警察署の方まで出頭してきてもらうかもしれません」

「はい、それでしたら喜んで」

たぶんその出頭すらも任意なんでしょうけど、別に警察に楯突きたいとそういうわけではなく、暗黙の了解を打ち破って本来の手続きをしてみたいだけですから、納付はしないけどその辺は協力することを告げます。

それから2ヶ月くらいでしょうか。忘れそうになった頃に検察から手紙が届きます。中を開くと、交通違反に対して話を聞きたいので何月何日の何時に出頭してきてください、と書いてある。ちなみにこの時までに警察からの事情聴取の要請はなかった。

で、この検察からの呼び出しは無視するとガチで逮捕もありえるのでしっかりと出頭する。モロ平日の午前中だけど、有給を取ってしっかりと出頭する。僕の場合は、検察庁からは遠かったので地方の支所みたいなところに呼び出されたのでそこに行くことになった。いよいよ物語が動き出したのだ。

指定期日に検察庁の支所に行くと、そこには小さな待合室みたいな場所があって、すでに3人の先客が座っていた。なぜか3人とも女性で一人はホイットニーヒューストンみたいな女、もう一人は無課金ガチャで出てきそうな土属性っぽい女、そして最後の一人がいまだに前略プロフィールとかやってそうな女だった。

この人たちも反則金を払わなかったのかな。僕が言うのもなんだけど、払わなくてここ検察庁までくる羽目になるのって結構剛の者だぞ、何を考えてここまできてるんだ。普通はもっと早い段階で払うぞ、とか思いつつ自分の名前が呼ばれるのを待ちます。

しばらくすると、最初にホイットニーヒューストンが呼ばれ、スーツを着た男にどこかに連れて行かれます。なんかホイットニーがスーツの男に連れて行かれるとエンダァァァとか聴こえてきそうだなとか考えていると、次に僕が呼ばれました。

ホイットニーと同じよう事務員っぽいスーツの人に連れられていくと、結構重厚な扉がある部屋に案内されました。

「どうぞお入りください」

といわれて部屋に入ると、横幅が広いデスクと本棚が目に飛び込んできました。デスクの前には小さな椅子が置かれており、その横に動物の死骸を置くみたいな小さな台がありました。本棚は比較的大きいのですが、中身はスカスカで、申し訳ない感じで六法とかが収められてました。

まあ、どう考えても立派なデスクの前にある小さな椅子に僕が座るんだろうな。その正面に検察官が座るんだろう、で色々と話をきかえるのか、とか思っていました。ここまで案内してくれてありがとう事務員さん、俺はおとなしく検察官を待つよ、とか思ってると、その事務員さん、颯爽と立派な方の椅子に座り

「さあ、はじめましょうか」

とか言うじゃないですか。アンタ検察官だったんかい!と突っ込みそうになりましたが、ここは我慢です。何せ目の前にいる人はこれからの僕の処遇を決める人なのですから。

さて、検察庁に呼び出されて目の前に検察官がいる。ここで何をするかというと、別に反則金を納付しなかった違反について裁かれるわけではありません。それは裁判所がすることです。

では、検察官は何をするかというと、砕いて言っちゃうと裁判にかけるかどうかの判定です。反則金は裁判などの刑事手続きを免除してくれるものですが、納付しないと裁判になることはもう説明しました。しかしながら、自動的に裁判になるわけではありません。

裁判をするには「法律により処罰したいから頼むぜ」と裁判所に依頼する「起訴」という手続きが必要となるのです。その起訴を行うのが検察官です。検察官が話を聞き、起訴するかどうかの判断をする。起訴されればそのまま裁判となる、起訴されなければどうなるか、実はここがポイントでして、起訴されなければ不起訴となり、何もなし、反則金も罰金も払う必要ないという途方もない状態になります。

じゃあどれだけの割合でこの不起訴になるかといいますと、完全にケースバイケースなので絶対に不起訴になるとは言えないのですが、統計的から見ると元々が軽微な違反であった場合、95%以上が不起訴になっています。まあ、ほとんど不起訴ってことです。で、その不起訴かどうかを決めるのが目の前にいる検察官、つまりこれからのやりとりが一番重要になる、ということです。

「いやあ、今日はお仕事はどうされました?」

「あ、休みました」

「なるほど、平日ですもんね」

目の前の検察官は、けっこう砕けた感じで雑談をしてきます。検察官ってすげえ怖い人みたいなイメージを持ってたけどなかなかざっくばらんじゃねえか。で、何分か話をした後、いよいよ本題の交通違反の話になります。

検察官の手元には結構分厚い資料がありまして、今回の違反に関することが色々と書いてあるみたいでした。こう言っちゃなんですけど携帯電話保持の違反で、こんな厚みのある資料ができちゃうほど何が書いてあるんだとむちゃくちゃ気になりました。

話の内容自体は、違反行為の再確認、地図を見て違反場所を確定、それから検察官の方の経験を踏まえた説教みたいなものと続いていきました。

「私は、絶対に車を運転するときはドライブモードですね。携帯が鳴ってることすら分からないようにする。職業柄、絶対に違反をするわけにはいかないですからね。それで連絡取れなくて友達に文句言われたりしますけど、そんなやつは友達じゃない。断じて友達じゃない!」

みたいなことを言われてました。検察官さん、友達と喧嘩でもしたのかなあとか考えていたらついに核心に迫る質問をされます。

「なぜ反則金を納付しなかったんですか?」

まずい。この質問はまずい。「そうあるべきことのようにふるまっているそうではないもの」を確かめるため、みたいなナショジオしか見ないブスみたいなポエムを出しても理解されるはずがない。「暗黙の了解を打ち破り俺たちの物語を動かすため」なんて言ったら意味不明すぎて「はい起訴」と言われかねない。頭をフル回転させて考えます。

「僕はどうしようもない人間です。そんなどうしようもないクズのような人間ですから、違反行為をして反則金払ってはい終わり、じゃ反省しないんじゃないかって思うんです。ですから、こうやって正当な手続きを経て、やっぱ言っちゃなんですけどこういうのって面倒じゃないですか、でもそんな想いをすることが僕への戒めになると思うんです。ですから納付せずに正当な手続きを進むことにしました」

みたいな事を言ったと思います。なかなか唸るしかないそれっぽいセリフ。現にここに至るまですげえ大変で、もう二度と違反はしないってむちゃくちゃ反省してますから、まんざら嘘でもない。検察官の方も「ふむ」みたいな感じで頷いてます。

そんなやり取りをしていたら、後ろのドアが開く音がして、人が入ってくる気配がしてきました。チラリと後ろを振り返ってみると、どうやら土属性っぽい女と別の検察官の人が入ってきたような感じでした。

全然気がつかなかったのですが、僕が座ってる部分の横に衝立があって仕切られていたのですが、その向こうはてっきり倉庫にでもなってるかと思ったら、どうやら同じように机と椅子と本棚のセットがあって、別の検察官の人が取調べをしているようでした。そう、この部屋はダブルで取調べができるようになっている画期的造り。結構声が筒抜けだけど大丈夫なのか、これ。

聞き耳を立てなくても聞こえてくる会話内容によると、やっぱ土属性の女は反則金を納付しないでここに至ったらしく、その理由を「忙しくて払いにいけなくて」みたいに答えてました。

さて、僕の目の前にいる検察官の方は、どうやら僕の言葉によって「違反行為とその反省」というテーマに火がついてしまったらしく、「なぜ人は人を裁き、人は裁かれる必要があるのか」みたいな話を結構延々と話をされていたのですが、さらに本題の部分に触れてきました。非常に大切であると前置きした上で説明されます。

「ここからの手順ですが、二通りあってどちらでも自由に選択できます」

ここからが大切です。完全に大切です。この後の処理としてはまあ、刑事手続きに移行していくのはもちろんなのですが、この段階までくる違反が違反全体から見てかなり少ないとは言え、それでもやはり全てを起訴して裁判所に送るってのは大変な負担なんですね。

その負担を減らすために「略式裁判」っていう制度がありまして、これを選択すると裁判は開かれることなく、自動的に有罪となり罰金が決まります。もちろん前科にもなりますが、罰金額は反則金と同じになります。ちなみに、手数料の800円がなくなって滞納したときよりお得になります。自動的に有罪にはなりますが、裁判所まで行って裁判を受けなくていいというメリットがあります。

もう一つが正式な裁判にかけられる「公判請求」というものです。これを選択してもまあ、余程のことがない限り有罪ですし、罰金刑で反則金を支払うことになります。裁判所にも行かねばなりません。

ここで「略式」と「公判請求」の選択を迫られます。ちょうど隣で話している土属性の女の声が聞こえてきたのですが、

「どちらにいたしますか?」

「はい、じゃあ略式で」

「わかりました。ではそのように処理します」

と円満な感じ。すごいピースフルな感じで話がまとまっている。そりゃ誰だって裁判にかけられたくないし、裁判所に行くのも面倒だ、どうせしようがしまいがほとんど有罪だ、ならば略式を選ぶのが当然なんでしょうけど、ここで、「そうあるべきことのようにふるまっているそうではないもの」なんですよ。

略式を選んだらほぼ有罪で罰金が科せられる。前科になる。でも、公判請求を選んでもほぼ有罪で罰金で前科になる。注目すべきは、公判請求を選んで裁判で有罪になったとしても、別に略式より酷い状態になるわけではないんですよ。罰金額も増えたりはしません。言うなれば、ここに来るまででもうひどい状態だから、どっち選んでも同じだよってことなんです。

じゃあ裁判所に行くか行かないかの違いしかないんですが、ここで忘れてはいけないのが先にも説明した「不起訴」という扱いです。略式の場合は自動的に処理されますから、不起訴はありえなく有罪確定ですが、正式の場合は本当に起訴するか検察官が判断する余地が出てきます。つまり、不起訴になる余地が出てくる。というか、軽微な犯罪ならほとんど不起訴。95%以上は不起訴です。そうなると罰金も反則金も払わないし、裁判所にも行かない。これには公判請求を選択しなければならないのです。

反則金は払わないといけないもの、略式起訴を選んだほうが楽、「そうあるべきことのようにふるまっているそうではないもの」なわけなのです。

さて、僕の目の前の検察官は色々と制度の説明をした後に、こう言いました。

「さて、どちらの手続きにするか選ぶわけですが、私がこれまでの事情を聞いたところ、自分を戒めるために反則金を納付しなかった、とおっしゃられました、けれどもあなたはもう十分に戒めは受けておられる、こうして検察まで来て長時間時間を取られて、十分すぎるほど戒めを受けておられる。ですから略式裁判にしたらいかがでしょうか?ここらで終わりにしてみては?きっともう違反はしない、そう思いますよ」

こうやって検察官の方が略式を勧めてくることが多いようです。なんと慈悲深いお方だ。けれども、ここで略式を選ぶなら最初から納付したほうが全然全うですので

「いえ、公判請求でお願いします」

と主張します。

「え?」

確かに検察官の方は聞き返しました。確かに聞き返しました。

「公判請求で」

「いや、あなたはもう十分戒められた」

「公判請求で」

そんなやり取りがしばらく続いた後に、僕の意思が固いと思ったのか、検察官の方が言い放ちました。

「よろしい、ならばでは公判請求で行きましょう」

なんか検察官の方からすげえ禍々しいオーラみたいなものが見えた。

「では、公判請求ということで、裁判に向けて今から詳細な供述調書をとります」

「え!?」

今度は僕が声を上げてました。ここまで結構長時間になってるんですけど、今から供述調書とるんすか?とか思うんですけど、検察官はデスクの横にあった、PC-98かよみたいな古いパソコンを起動させ準備万端といった佇まい。

供述調書を取る。何が始まったかといいますと、単純に言うと、問題の違反行為に対して、かなり詳細に僕の見解を聞き取ることになります。検察官の質問に答えていき、あの違反がどんなものであったか、僕はどう考えていたのか、そんなことを記録に残していくのです。後々裁判になった場合にこれが大切な資料となりますので、嘘をつくことはできません。僕も心して供述を始めました。

「では、まず、違反に至った経緯を聞きましょう」

検察官の方は、かなり優しい言葉遣いで質問してくれます。けれどもね、それがむちゃくちゃ細かいんですよ。

「はい、その日は仕事が終わりまして、家に帰ろうと車に乗り込みました」

「それは何時ごろ?」

「18時過ぎだったと思います」

「正確に何分だったかわかります?」

「わかりません」

「では18時過ぎに職場を出たんですね?」

「いえ、しばらく車の中で携帯電話でサイトを見ていたんです」

「それはどんなサイトですか?」

ここで僕は固まりましたね。無難にFacebookとか言えばいいんでしょうけど、まじ!?アカウント教えて!俺のカプチーノ画像にいいね!してよ!とか言われたら嘘だってバレますし、なによりれじゃあ後の話が繋がらなくなります。虚偽の供述をしていいはずがない。きちんと本当のことを伝える必要があります。

「Xvideosというサイトをみていました」

「どうして?」

「僕はこのサイトを神だと思っていて、欠かさずチェックしていたからです」

「どれくらいの時間みていた?」

「15分くらいです」

「それからどうしましたか?」

もうグイグイきます。

「そこで良い作品を見つけたので家に帰ってじっくり鑑賞しようと思いました」

「それから」

「車を走らせました」

「どんな気持ちでしたか?」

「もしかしたら見つけた作品が家に帰るまでに削除されているかもしれないと逸る気持ちでした」

「ほう、そんなに削除が心配でしたか?」

「そうですね、以前に、トイレに行ってる隙に削除されるなど、悲しい思いをしたので、そうなってはならないと思っていました」

「それから?」

「信号で停まりました」

「○○交差点ですか?」

「はい」

「どうしました?」

「停車中なら違反にならないはずなので、作品が消去されていないかチェックしました」

「すると?」

「まだ生きてました」

「ほう」

「安堵しました」

「それから?」

「青信号になったので急いで車を発進させました。携帯電話をしまう時間がなかったので、左手に持った状態で運転しました」

「運転は片手?」

「いえ、持った状態で追加でかぶせるようにハンドルを握る感じです」

「運転しにくかった?」

「手が大きいので難なくできました」

「それから?」

「すぐにパトカーが出てきて、停車するように言われたので停車しました」

「何秒くらい携帯持ってました?」

「分からないけど、40秒は持っていたと思います」

「それから?」

「家に帰ったら作品は消去されていました」

こんな感じで延々と、根掘り葉掘り質問されて、検察官の人はずっとカチャカチャとパソコンに向かって文字を打ってるんですね。

で、カチッとマウスをクリックするとその横のプリンターからウィーンと紙が出てきて、それを手渡されました。

「声に出して読んでみてください」

紙を見ると、先ほどの僕の供述が文章にまとめられてるんですけど、なんていうか、全部書いてあるのな、供述の正確性って観点なのかもしれないけど、僕の言ったことに勝手に足されてないし、勝手に減らされてもいない。そのまま文章になっている。

いいですか、声に出して読むんですよ。これから間違いがないか声に出して読むんですよ。僕の供述がそのまま文章になってる。加減なく書かれた文章になってる。それを声に出して読むということですよ。

「○月○日、18時過ぎ頃、仕事えて自分の所有する車に向かい車の中でXvideosというサイトを約15分にわたって閲覧した」

こんな感じで朗読して、結構恥ずかしいんですけど、まだ耐えられる。でも、加減なく書かれていて朗読するってこういうことで、もう次の文章がすごい。

「私はXvideoを神のようなサイトだと思っている」

なんで僕は検察庁でこんなこと喋ってるんだろう。

衝立の向こうのスペースでは、供述調書取られてる間に土属性っぽい女から前略プロフィールやってそうな女に代わっていたんですけど、完全に丸聞こえで、

「ぶっ!」

とか笑ってますからね。

「そのような理由で頻繁にアクセスしており、我慢できず職場の駐車場に停めた車内でもアクセスした。そこで見つけた作品を家で見たいと考えた。けれども、Xvideo側の削除が早いことに不満を抱いていた。以前にもトイレに行っている間に削除された経緯があり、帰り道も気になってしかたがなかった。交差点の赤信号に差し掛かった際に、停車中なら違反にならないだろうと、我慢できずXvideosにアクセスした」

とか読まされるんですよ。前略プロフィールむちゃくちゃ笑ってるし。こんな辱めを受けるくらいなら最初から反則金払えばよかった。

で、一通り読み終わった後に、

「何か訂正したい場所ありますか?」

と聞かれるんですが、もう恥ずかしいやら何やらで死にそうになりつつ、

「あの、かねてからXvideosの削除が早いことに不満を抱いており、の部分なんですが、訂正お願いします。削除は早いなあって思いますが、それは仕方がないことだと思うので、不満には思ってません」

「わかりましたそこ訂正しましょう」

そこにこだわる意味がちょっと自分でも良く分からないのですが、もう訳の分からないことになってました。

しかも訂正したら訂正したで、また丁寧にプリントアウトされてきてですね、間違ってないか読んで確認するんですよ。つまり、

「私はXvideoを神のようなサイトだと思っている」

なにやってんだろ、僕。

結局、全部で三時間でしょうか。それくらいの時間をかけて開放され、さらに後日、実況見分と称して警察に違反現場まで呼び出されて

「ここでXvideosを閲覧しました」

と指差しした状態で写真とか撮られまくりました。よくニュースで犯人がやってるあれですね。あれやってきました。近所の住民とかガヤガヤ出てきて恥ずかしかったよ。

というのが一年以上前のお話で、この日から更新している今日まで裁判の呼び出しがないので、おそらく「不起訴」になったんだと思います。ちなみに不起訴の場合は連絡があるわけではないので、まあ、数ヶ月裁判に呼ばれなければそう考えていい、みたいな感じです。晴れて不起訴を獲得し、反則金を払わなかったのですが、痛感しましたね、ここまでされるんなら反則金6000円払っておけばよかったって。

結局、「そうあるべきことのようにふるまっているそうではないもの」というのは、そうあるべきものなのです。必要に応じてそうふるまっているわけですから、それを破って物語を展開させたとしても、面倒くさいことにしかなりえないのです。僕らの物語はいつだって不必要で無駄なものなんです。それを痛感しました。反則金、ちゃんと払ったほうがいい。

ちなみに、完全に余談になるのですが、検察での長時間のやり取りが終わり、検察の玄関の所を歩いていたら、ちょうど同じく手続きが終わって帰宅しようとしている前略プロフィールっぽい女とすれ違いましてね。誰かと電話しながらさっきのことを面白おかしく話してるんですわ。

「今終わったよ。隣がずっとXvideoって言ってて笑った。そうそう、あのエロいやつ。え?よくしらない?うそー!Xvideoしらないとかありえないっしょ。テレビはあまりみないから分からない?テレビじゃないよ。え?テレビはナショジオくらいしかみない?テレビじゃないって」

電話相手、すげえしゃらくせーな。


7/28 ヌメリナイト2014-戦国38-

ピンク色の大きなプラスチックケースがある。おそらく服などを収納する衣装ケースとして作られたのだろうその箱は僕の部屋の中で一際異彩を放っている。言うなれば開けてはならぬパンドラの箱、近づいてはならぬ禁足地なのだ。

整理整頓が苦手な人にありがちなのだけど、部屋を掃除するといった場合に、これはここに収納して、これはここに並べて、こいつはもう捨てようなんて臨機応変に対処できない。掃除をすると言ったら全部捨てるか、全部どこか目につかない場所に突っ込んでおくかだ。散らかりを解消するのではなく、どこか別の場所に移すだけ、それが僕らの掃除だ。

そんな状況にあっても、少しだけ分別をすることがある。いくらガッサリと移し替えるといっても全てをそのままトレースするわけではない。その中から何個かつまみ出して別の箱に移す。それは一際大切なものでも高価なものでもない、単に見たくもない物を封印する作業なのだ。

僕らは忘れるから生きていける。楽しいことも辛いことも、嬉しいことも悲しいこともいずれ忘却の彼方へと置き去りにする。それは不便だと感じる反面、そうであるからこそ生きていけるとも言える。いつまでも悲しいこと苦しいことが頭の中に居座って次から次へと蓄積されていくのならば、いずれはパンクしてしまうだろう。

忘れることで生きていける僕ら、か弱い僕らに刻まれた唯一の防衛本能だ。けれども近代文明はその忘れることすら許しはしない。世界中に張り巡らされたインターネット網は日々、忘れたい情報を蓄積し、誰でもアクセスできるようにする。手のひらに収まるほどの大きさのスマホは画像を撮影し、誰かとの会話も記憶し続ける。

たとえ脳内から記憶が消えたとしても、それらがすぐに呼び起こされるほどに僕らの周りは情報で溢れている。それらはこちらからアクセスしなくとも、ときに僕らの中へと流れ込んでくるのだ。忘れることすら許されない現代社会、心の歪は僕らを蝕み続けている。

だから僕は、せめてこれだけは忘れたい、そんな物品を見つけては取り出し、あのピンク色の衣装ケース、パンドラの箱に封印していく。それは写真だったり思い出の品だったり、誰かから貰ったプレゼントだったり、思い出の染みこんだそれらを封印し、せめてもの心の安息を得ようとするのだ。

パンドラの箱から写真の切れ端がはみ出している。それはほんの一部分だけはみ出していて何の写真なのか伺い知ることはできない。けれども、何らかの忌々しき記憶、その一場面を記した写真であることは間違いない。こうして封印することで忘れることができていることを実感しながらも、それでも写真の内容が気になる。

もちろん、見ないほうが良いに決まっている。思い出したくもない記憶が呼び起こされるから封印したのだ。そんなものを見たって嬉しい気持ちになるはずがない。テンションが上がるはずもない。けれども、ここまできたら見ないわけにはいかない、それが人間なのだ。

はみ出した写真の一片を指先で摘み少しだけ持ち上げる。ピンク色の蓋はゾゾという音をあげて持ち上がった。中に詰まっている数々の品物を見ないようにして写真だけを引っ張り出す。写真は少しだけコの字に折れ曲がっていた。

おもて面を見てみるとそこには少し色褪せているものの、綺麗で青い海と白い砂浜の風景が映し出されていた。なんてことはない、綺麗な風景だ。この暑い中、汗だくになって働いている人が見たとしたら、ふいに海に行きたくなるような、そんな写真だった。

「なんだこれ」

他には何も写っていない。ただ海と砂浜だけ。これに何を感じて封印を施したのか全くもって理解できない。いにしえの自分は何を思って封印したのか。この写真からどんな恐ろしい記憶が蘇ることを恐れたのか。皆目見当もつかなかった。

ただ記憶のとっかかりはある。例えばこの写真を僕自身が撮影したとしよう。そなると一つ合点がいかない部分がある。僕は、いくら綺麗な景色を見たからといって景色だけを撮影することはほとんどない。さらには、海の町で育った僕にとって綺麗な海なんて特に珍しくもない。こうやって海だけの写真を撮ることなんてありえないのだ。もし僕が撮ったとするならば、何らかの理由があるはずなのだ。

そう考えていると、一つの断片的な情景が浮かび上がってきた。まっすぐの直線道路、その先は陽炎が揺れ動いている。真っ黒に焼けた僕の腕とハンドル、ミラーには大型トラックが映っている。その光景からリンクするようにすべての記憶が呼び起こされる。そして僕は部屋の片隅で呟いたのだ。

「これはもう戦いなのだ」

あれは、まだ僕が将来の希望に燃えている大学生の時だった。大学の学食で僕はご飯を食べていた。定食だとかラーメンだとかパスタだとかを総称して呼ぶ「ご飯」という意味ではなく、完全にご飯だけを食べていた。

世間一般のイメージとして、大学の学食といえば、皆がわいわい仲間内だとかサークルとかでチャラチャラとしているイメージかもしれないが、僕はそうやって食事をした記憶がほとんどない。単に150円の大盛りライスと49円の生卵で卵ご飯を食べれば199円で腹が満たされるという発見に興奮していた。

一口に卵ご飯と言ってもおいそれと素人が手を出して良い代物ではない。なにせ大学の学食の大盛りご飯だ、腰が抜けるぐらいの米の量で、とてもじゃないが生卵一つでは全体を卵ご飯としてカバーできない。どうしても白米だけのデッドスペースが生まれてしまう。

そうならないためにも多めに醤油を投入するのだけど、あまりに投入しすぎるとこれはもう卵ご飯ではなく醤油ご飯だ。味が濃くなりすぎてあまり満足感を得られない。この醤油の力量を絶妙に調節するのに、まあ、僕に言わせると3年はかかる。そのへんのひよっこが気軽に手を出せるものじゃない。卵ご飯じゃない、これはもう戦いなのだ。

そんな風に一人でブツブツ言いながら卵ご飯を食べていると、ふいに話しかけられた。

「ねえ、いつも一人でご飯食べてない?」

見ると一人のイケメンが僕を見下ろすように微笑んでいた。おそらく向こうのテーブルで食事をしている集団なのだろう。仲間たちが少し薄笑いを浮かべながらこちらを見ている。

「まあね」

これが一般社会なら驚くべきことだか、大学の食堂なんてのはとにかく社交的にできている。こうやって知らない人に話しかけられることはそう珍しくはなかった。こいつらに卵ご飯の機微を話したところで理解できまい、そう考えて適当にあしらった。

「実はさ、俺たちのサークルで海に行くんだけど、急に一人来れなくなってさ、車の座席が空くのももったいないから君もこない?」

こうやって欠員を埋めるために誘われることも珍しくなかった。大学生なんてとにかく貧乏にできているもので、割り勘要因をマックスに確保したいものだ。なんでもレンタカーを借りてバンガローを借りて、みんなで海辺でバーベキューをするらしい。それら全ての料金を割り勘するつもりが、一人減ってしまい、負担が増えてしまった。なんとかしたいとの思いのようだった。

「女の子もいっぱいくるからさ」

彼らとしてはなんとか欠員を埋めたい。けれども、すごいイケメンとか誘うと自分たちが損をしてしまう。ならば無害そうで、おまけに一人で卵ご飯を食ってるこいつを連れていけば完全に割り勘要因にすることができる。そんな彼らの思惑が透けていた。

そんな知らない人だらけの場所は居心地悪いし、嫌な思いをするだけだってのも行かなくても分かる。普通ならそんなものノータイムで断るのだろうけど、僕はそういった誘いはなるべく受けるようにしていた。向こうは僕を無害な割り勘要因にしたいだろうし、僕は社交性の欠片もないくせに無害の枠をぶち壊して女の子のおっぱいくらい揉んでやろうと目論んでるし、互いの思いが交錯する熱き戦い。これはもう、戦争なのだ。

僕らは常に戦わなければならない。一歩前に出て戦わなければならない。よく勘違いされるのだけど、勝利する必要はない。ただ戦う必要だけがあるのだ。

バーベキュー当日。確か大学近くの公園に集合だったと思う。照りつけるような太陽の光を浴びて、絶好のバーベキュー日和、こりゃ今日はおっぱい揉むぜ、そう思いながら原チャリに乗って集合場所へと向かった。

到着すると、既に男どもが借りてきたレンタカーが2台停まっていて、その傍らでは男どもがちょっといきがってサングラスとかかけて談笑していた。そこに女性陣が登場、もうなんていうかバーっとやったらペローンと乳とか出ちゃうんじゃないかって露出度の高い服装で、完全に性の解放区。こりゃ絶対に揉めるわ、そう確信した。

もう集合場所の時点で勃起状態だったんだけど、そこである異変に気がついた。借りてきたレンタカーはどう見ても8人乗りのワゴン2台。16人乗れる計算だ。そしてチャラチャラした男どもが8人、おっぱいが8人、僕が1人。うん、17人いる。

「全員乗れなくない?」

僕がそう言うと、食堂で僕に話しかけてきた幹事っぽい男が平謝りしながら

「ごめん、カツキの奴が来れないはずなのに来ちゃってさ、ほんとごめん」

おいおいカツキ~とか思うのだけど、幹事の謝り方からいって、定員オーバーだからお前はもう必要ないよ、帰れって主張がムンムンに伝わってきた。けれども彼は大きな勘違いをしている。これはもう、単にバーベキューだとか海だとかそんなレベルのお話じゃないのだ。おっぱいを揉めるか揉めないか、その戦いなのだ。

「いいよ、俺原チャリでついていくし」

「えっ!?」

幹事の驚いた顔が印象的だった。

「かわいそ~」

それを聞いていたおっぱいがヒソヒソ声で言っていたのだけど、そう思うならこの場でおっぱいを揉ませて欲しい。そうすればそのまま帰れるのだから。でもお前らは海まで行かないと揉ませてくれないだろ。ならいくよ、原チャリでいくよ。

「俺たちなるべくゆっくり行くから気をつけてついてきてな」

幹事の男が申し訳なさそうに言いながら車に乗り込む。2台のワゴンは「なるべくゆっくり行くから」と言った7分後に高速道路へと消えていった。原チャリで走れるわけないだろ。頭おかしいんじゃねーか。脳みその代わりにビキニでも詰まってんじゃねえのか。

さて、海まではおよそ150キロ。冷静に考えて原チャリで行く距離ではない。2回ガソリン入れたからな。それでも死に物狂いで海に到着するともう夕方で他にもバーベキューやってる集団が沢山いて、こうなんていうかどの集団も似たような感じのチャラさで全然見分けがつかないのな。

それでもなんとか見覚えのある、朝、車に積み込んでいたパラソルとバーベキューセットを見つけたんだけど、誰もいない。完全に宴の後と見られる残骸と、まだ熱を発している石炭だけを残して忽然と姿を消していた。

これは神隠し!真夏のミステリー!なんてことはなくて、もうこれ全員バンガローにしけこんでますわ。疲れたーとかいって男女が雑魚寝状態でね、酔いも手伝って女の子は大胆に、男の子も積極的に、マッサージしてやるよとかいってマッサージしてるんだけど徐々に触る場所が際どくなってヤンッ!くすぐったいっ!とかなってるうちにベロベロベロベロアフンプシャー!ですわ。

でもね、僕は信じたかった。皆が原チャリで来てる僕のことを忘れているはずがない。僕を放置してバンガローに移動するわけがない。きっと腹減りすぎて肉全部食べちゃって、お腹を空かせてやってくるであろう僕の為に皆で肉を買いに行ったに違いない。そう信じてる。これはもう僕と皆の信頼の戦いだ。

とか思ったら、バーベキューセットの影に食い残したであろう肉が塊となって鎮座しておられるじゃないですか。いやいやいや、あれだ、飲み物全部飲んじゃって皆で僕の為にキンキンに冷えたドリンクを買いに行ってるに違いない。そう信じてる。これはもう僕と皆の信頼の戦いだ。

とか思ったらクーラーボックスに飲み物いっぱい入ってるじゃない。あれだ、その、あれだ。誰かが溺れて死んで、いや、カツキが溺れて死んで、今頃霊安室で幹事が起きろよ!とかいって心臓のとこバンバン殴ってて女たちは泣いててって状態かもしれない。僕は信じている。カツキは溺死した。信じてる。

とまあ、彼らを信じてずっと待ってたんです。まあ、バンガローの場所知らされてなかったんで行くに行けなくて待つしかなかったんですけど、片付けてないし色々置きっぱなしなんでそのうち帰ってくるだろう。そしたらバンガロー行ってマッサージからイチャイチャでおっぱい揉めるに違いない。そう信じている。

「こりゃもう戦争だな」

バーベキューの火を絶やさぬように炭をくべながら、僕はそう呟いた。

ということで戦う男のヌメリナイトのお知らせです。

ヌメリナイト2014-戦国38-

ロフトプラスワン(新宿)

2014/08/09(sat)OPEN 18:00 / START 19:00
前売¥2000 / 当日¥2500(税込・要1オーダー500円以上)
<出演>pato、松嶋、FunkyNaoNao

イベントサイトはこちら 
チケットはイープラスで発売中残席わずか!

戦う男をテーマに、今会いに行けるテキストサイト管理人である太ったおっさんが訳の分からないことを話したり話さなかったり。お酒を飲んだり食事をしながら珍獣を見る感覚でお越しください。会場ではキチガイみたいなヌメリナイトTシャツの販売もあるよ。

みんな来てね!

さて、涙のバーベキューなのだけど、端的に結果だけお伝えすると、朝まで誰も帰ってこなかった。おっぱい揉みたかったなあ、こんな感じかなあって彼らが残していったビニール袋入りの肉を揉んでたら朝になってた。こりゃもう戦争だよ。肉を揉む戦争だよ。一晩で肉を揉む手つきだけはそれなりになったよ。

朝日が昇る海を眺めながら、もしかしたらハメ撮りに使うかも、かー、生殖器とか写しちゃったら現像に出せないなって思って持ってきた写ルンですで海と砂浜を撮影した。そしたら見覚えのあるワゴンが2台やってきて、どうやら彼らが片付けにやってきたみたいで、おセックスとかしたんだろうなって顔で車から降りてきた。なぜか身を隠した僕は、コソコソと原チャリに乗って家路へと着いたのだった。涙を流しながら。

僕らは忘れるから生きていける。これは思い出してはいけなかったのだと言い聞かせながら、色褪せた写真を衣装ケースへと戻すのだった。ヌメリナイトのネタの為にまたこの箱を開けることになるとは露知らず。これはもう戦争だ。


4/04 復讐代行サイトに自分への復讐を依頼してみた

復讐。

人を呪わば穴二つ、などという言葉があります。これは呪いなどを行う呪術師が、呪い返しで自らの命も落とすことを考慮し 対象者のものと自分のもの、二つの墓穴を用意させたことに由来します。

人を憎み、安易に復讐などを企てる時はそれなりの覚悟が必要だ ということをほのかに伝え、僕らを戒めてくれるありがたい言葉なのです。 「復讐」「倍返し」「リベンジポルノ」そんな言葉が安易に氾濫する昨今、 ここでもう一度冷静に考えてみましょう。「復讐」とは一体なんなのか。

wikipediaによりますと、「一般にひどい仕打ちを受けた者が相手に対して行うやり返す攻撃行動の総称である」とあります。やられたらやりかえす、そんな精神に基づく行動であり、プラスマイナスゼロ、とても合理的な行動である印象を受けます。

ストレスフルな現代社会。様々な要素があなたに襲いかかり、その繊細な精神を苦しめることでしょう。その時、もしかしたらあなたは決意してしまうかもしれません。そう、復讐を決意する要因はあちらこちらに転がっているものです。

例えば、仕事上のミスの責任をライバルになすりつけられたり。

例えば、職場の派閥争いに敗れ、閑職に追いやられたり。

例えば、職場の全員が参加する秋の行楽栗拾いツアーに自分だけ誘われなかったり。クソッ。

例えば、かわいらしい感じで慕ってくれていて「はいっ!」とか返事も素直なかわいい後輩のツイッターアカウントを発見してしまい、読んでみると「あいつ、オデンの残りみたいな匂いがする」と日課のごとく僕の悪口を書かれまくっていたり。クソッ。なんだよオデンの残りって。

例えば、男性社員が一列に並んでるところに、「私、マッサージの勉強してたことあるんですよ、みなさんをほぐしちゃいます~」とかいう女子社員(ブス)が腕まくり。端から順番に男性社員の肩を揉み始めたのだけど、極めてナチュラルに僕だけとばされて揉まれなかったり。クソッ。仕事辞めたい。

とにかく、復讐とは様々な場面で決意しうるものなのです。人の心はそう強く頑強にはできていませんから、必ずどこかで吐き出さなければなりません。そう、復讐もその一つの可能性なのです。僕も…アイツらに…復讐…したい。

◆復讐の法的位置づけ

人を呪わば穴二つ。

では、本当に復讐を決行した場合、どのようなことが起こるのか考えてみましょう。まずはじめに考えられるのが、復讐は新たな復讐を生むということです。

他者に復讐を行った場合、自分もまた復讐の的になることを危惧しなければなりません。復讐を受けた人はあなたに対して恨みを持つからです。復讐するならば復讐される覚悟が必要なのです。

また、仇討ちが正当化されていた中世日本と違い、現代社会において復讐が犯罪にならないわけがありません。人を呪って復讐するなら墓穴を二つ掘れ。自分用の墓穴を準備するという意味でも、この復讐の刑法的位置づけについて考えてみましょう。

一体全体復讐とはどんな罪に該当するのだろうか。そんな気持ちで「復讐」をキーワードにネットサーフィンをしていると以下のようなホットなニュースが飛び込んできました。

復讐代行サイト:運営者を名誉毀損容疑で逮捕 全国初

http://mainichi.jp/select/news/20131024k0000m040107000c.html

「復讐(ふくしゅう)」の依頼を受けて女性に中傷メールを送信したとして、広島県警サイバー犯罪対策課などは23日、復讐代行サイトを運営する中国籍の翁武剛容疑者(31)=東京都葛飾区奥戸6=を名誉毀損(きそん)容疑で逮捕した。同容疑者は容疑を否認している。県警によると、ネット上で「復讐屋」と言われる業者を摘発するのは全国で初めて。

「復讐」や「毀損」にだけフリガナがうたれているのがどういう基準なのかさっぱり分かりませんが、復讐を行った人が逮捕されたというホットニュースです。

「復讐代行サイト」については後段で述べるとして、ここで注目すべきは、逮捕容疑が「名誉棄損」であるという点です。あくまでも復讐をしたから逮捕されたのではなく、名誉を棄損したから逮捕されたということなのです。

刑法の条文を舐めるように眺めてみますと、どこにも「復讐」を禁じた部分はありません。じゃあ、法律で禁止されてないのだから復讐やり放題じゃん、と思ってしまうかもしれませんが、実はそうではありません。それではあまりに短絡的です。僕はあえてこう考えます。実は刑法全体が復讐行為を禁じているのではないか、と。

刑法とは、悪いことをした人を裁くためのものであることがほとんどです。悪いことをした人を裁くための法律、これは言い換えると、悪い奴は俺たちが裁くからお前らは勝手に裁くな、と言っているわけです。

これはよく考えると当然のことで、誰彼構わず「復讐」という名の裁きを行っていたら、トゲトゲの肩パットをつけてバギーに乗ったモヒカンが跋扈する拳だけが正義の世界に早変わりしてしまうのです。種籾を守る老人も殺されてしまう。

悪いことは刑法によって裁くからお前は勝手に復讐するな

とても頼もしいですが、逆に言うと、刑法によって相手を裁けないことを恨みに思って復讐を決意することは、完全にお門違いの恨みであり、復讐を決意するよりもっと自分自身を見つめ直した方がいい、ということなのです。

例えば相手にぶん殴られて怪我をした、悔しい、復讐したい、という場合、これは完全に傷害罪ですから自らの手を汚して殴り返したりなどの復讐をするより、きちんと法律に則って裁いてもらうべきなのです。

栗拾いツアーに自分だけ誘われなかった。自分だけ肩揉みの順番を飛ばされた。オデンの残りの臭いがすると言われた。これらは誠に口惜しくて悔しく、個人的には復讐に値すると思うのですが、別に栗拾いに誘わないことは、「栗拾い誘わない罪」などがあるわけではなく、刑法犯罪ではないですから、復讐を企てること自体がお門違い、というわけなのです。恨みに思うより、誘われるように頑張ったほうが良いのかもしれませんね。

◆復讐代行サイトという存在

掃除、洗濯、料理、家事全般を代行してくれるサービスは数多く存在します。基本的にはちょっと面倒だなあ、って思いがちな行為をお金を払うことで代わりにやってもらうサービスなのです。

中には「ナンパ代行」という良く分からないサービスもあり、「イケメンがあなたの代わりに女性をナンパします」という、それって女がイケメンとねんごろになるだけじゃん、と言わざるを得ないものも存在します。

そんな様々な代行サービスに混じって、もちろん「復讐代行」なるサービスも存在します。試しに「復讐」で検索してみると、まあ、出るわ出るわ、中には「今日はミキちゃんと一緒に国際コミュニケーションの講義受けました。難しくてわかんな~い、でもしっかり単位とるぞって決意しました。家に帰ったらきっちり今日やったとこ復讐するぞ~」って間違えている感じの女子大生のブログがヒットしたり、そのコメント欄に「マナミちゃん偉いね、頑張って単位とってください。外を見てごらん、月が綺麗だよ。一緒の月を見ているんだよ、ロマンティックだね」って気持ち悪いコメントをつけてるオッサンを発見したりと、この辺はビックリするくらい全然関係なかったですね。

とにかく、まず驚くのは、「復讐代行サイト」なる聞きなれない単語。どうやら調べてみると読んで字の如く依頼をすれば復讐を代行してくれるサイトらしいです。

あいつムカつくから復讐してやろう!でも、面倒だし自分の手を汚したくはない。それにもし復讐したのが自分だってバレたらこっちも復讐を受けてしまうかもしれない。

そんな気持ちの時に頼もしい味方、復讐代行サイト、あなたに成り代わって復讐します!こんなノリなのかもしれない。

そう、時代はインターネット戦国時代。便利さを追求した人類はついに「復讐」すらもアウトソーシングする時代になったのだ。現代人は人を呪うのにも復讐するのにも穴を二つ掘らない。マウスでポンッとクリックするだけなのだ。 そこに覚悟はあるのだろうか。それは復讐と呼べるのだろうか。興味が尽きない。

もしかしたらここには現代社会が抱える病理が潜んでいるかもしれないこの復讐代行サイト、少し触れ合って蠢く闇について検証してみたいと思う。

◆血塗られた復讐

この広いインターネット大海原には「闇サイト」と呼ばれるサイトが数多く存在する。

「闇サイト」とは、犯罪や反社会的行為を誘引もしくは請け負うことを目的としたサイトの総称であり、おおっぴらに公表できない内容を扱うことが多い。もちろん、復讐代行業者もこれらの闇サイトに属する。

ここで一つ疑問として湧き上がってくるのは、検索してポンッと出てくるサイト、それこそ「闇サイト」で検索して出てくるサイトに本物の闇サイトはあるかということだ。そんなウチの母ちゃんでもちょっと教えたら辿り着けるようなサイトを闇サイトと呼んでも良いものなのだろうか。

否。断じて違う。闇サイトはもっと到達困難で、それこそアクセスしただけでIPぶっこ抜かれたりとか常連っぽいハッカーに尻の毛まで抜かれて身も心もボロボロにされるとか、そういう地獄のような雰囲気を醸し出している必要がある。「お母さんそういうの全然わからへんわ、なんや怖いし」と言わしめる難解さと怪しさ、圧倒的な存在感が必要なのだ。

つまり、検索して簡単に辿り着けるサイトは断じて闇サイトではない。それと同じで簡単に辿り着ける「復讐代行サイト」にも本物の復讐代行サイトは存在しないんじゃないだろうか。

もっとこう、昔のエロ動画サイトみたいに、「ほう、テニスサークルのお嬢様が試合中に我慢できなくなってXXしちゃう.mpegとな」とクリックしてみたら別のエロサイトや広告に飛ばされて、最終的にお目当ての動画にはたどり着けず、その際に目についた別のエロ動画に興味が移ってまたクリックする、みたいな無限のラビリンスを経て到達するサイトこそ真の闇サイトなのではないだろうか。

ということで、本当に苦労して探しましたよ。復讐代行サイトを探しましたよ。それこそ検索して出てくるお手軽なサイトでも良かったんですけど、どうせ探すならガチもんが良いですから、あらゆるリンクを辿り、ウィルスとかに感染しながら、時には「今日は渋谷でノブ子とランチ、みてみて、疲れてこっちの目だけ二重になってるの~」とか書いてるアッパーパーな女子大生のブログとか読み込んで隠しリンクとか探しましたよ。

中には、「携帯電話でしかアクセスできないサイトのほうが闇度が高い」なんていう、「ジーンズはいてる女はヤレル!」くらいの情報を信じて携帯サイトにもアタックしました。そしてついに、これはちょっと本物なんじゃないだろうか、そう思うしかない復讐代行サイトを発見するに至ったのです。


※イメージです

闇サイトらしく、ページの背景はきちんと黒です。プリンターで印刷したら黒のインクだけすぐになくなりそうなほどの黒背景、これがなくちゃ闇サイトとは言えません。


※イメージです

ドデーン、とドクロマークがお出迎え。ゾクゾクしてくる、これが闇サイトの醍醐味やで。身震いしてきた。


※イメージです

「血塗られた復讐という華を咲かせる輪舞曲(ロンド)」

良く分からない煽り文句もお出迎え。復讐なのか華なのか輪舞曲(ロンド)なのか良く分かりませんし、微妙に文章の意味も分かりませんが、なんだか怖そうです。すごい復讐をしてくれそう。輪舞曲にフリガナをうってくれてるところも顧客想いな印象を受けます。アフターサービスがしっかりしてそう。安心して復讐を任せられそう。


※イメージです

「当サイトでは復讐を完璧に遂行します。特殊工作員、元傭兵、有名探偵、総合格闘家が任務にあたり、確実に復讐を遂行します。」

特殊工作員!元傭兵!有名探偵!総合格闘家!が任務に!総合格闘家だけ毛色が違うような気がしないでもないですが、これらの重厚なメンツ達が繰り広げる復讐劇、とんでもないことになりそうな予感がビンビンしてきます。

途方もなく残虐な復讐を依頼できるのかもしれない。なにせ傭兵ですからね、傭兵。もしかしたら相手を殺したりとか、大怪我させたりとか、それこそ無実の罪で投獄させたりとか、会社を解雇させたりとか、そんなすごい復讐をするのかもしれません。さすが闇サイトですな!と唸りつつ「復讐メニュー」を開きました。

復讐メニューはこれらの復讐が可能ですという一覧になっている。具体的な料金が書かれているわけではありませんが、「リーズナブルに復讐50万円より」という魅惑的なキャッチが書かれています。最低料金50万円、復讐にあたるのは特殊工作員や元傭兵、こりゃとんでもない復讐をするに違いありません。おいおい、手加減してくれよー、怖すぎるよー、そんな気持ちでゴクリと唾を飲みながらページを読みすすめました。

いったい、そこにはどんな残虐な復讐が!




「無言電話する」

俺でもできるわ。

あのね、あんまこういうこと言いたかないですけど、元傭兵まで駆り出してきて無言電話はないですわ。元傭兵が一生懸命無言電話かけてる光景を思い描いたらなんか泣けてきましたよ。「リーズナブルに復讐50万円より」の文言を思い出すと、これが50万円。ぼったくりすぎじゃないか。

どうやらこの一覧表、ニュアンス的に表の下に進むほど高価で高度な復讐になっている様子。そ、そうだよね、傭兵までいる復讐サイトが無言電話だけじゃないよね。下に進むともっと濃厚で残虐な復讐があるんだよね。頼んだぞ、傭兵、もっと残虐なのを!祈るような気持ちでページを読み進めました。




「家の塀に落書きする」

こんなのってないよ!こんなの傭兵とか特殊工作員の仕事じゃないよ!

それでももっと進めばきっと、さすが傭兵と唸るしかない復讐業務がでてくるはず。傭兵まで経験して、やってることが無言電話に落書きじゃあ悲しすぎる。もっと、過激な復讐ができるといいね、まだ見ぬ元傭兵に思いを馳せ、彼の夢が叶うように願いします。そして飛び込んできた究極の復讐業務!




「家の敷地内にゴミを捨てられる」

なんでここだけ受身なの。

いやね、もう内容がショボイのはいいよ、いい。納得いかないけど納得した。でもね、ここまで「無言電話する」「落書きする」と能動態だったのに急に受動態になっている意味がわからない。嫌がらせされとるやん、元傭兵。

真っ暗な闇の中で正座して無言電話をかけまくる元傭兵の家の敷地に近所のおばちゃんの手によってガンガンゴミが投げ込まれるシーンを想像して泣けてきた。

さすがにこれは元傭兵が不憫すぎると思いながら読み進めていくと、復讐メニュー下部には「特別復讐メニュー(特別料金)」のリンクがあるではないですか。



これは……。期待して……、いいのかな!?

さすがに特別という甘美な響き。きっとここにはそれこそあまり大きな声では言えないですけど、「殺人」だとか「大怪我」とか「放火」みたいな闇サイトならでは、元傭兵もニンマリの重厚な復讐メニューが鎮座しているはずです。

やばい、いますごい闇に触れている。きっと「相手を殺します」とか見なきゃよかったと後悔する過激な復讐メニューがそこにはあるはず。やばい、怖い、でも見たい!震える手でリンクをクリックしました。




「黒魔術で相手に呪いをかけて嫌な気分にさせる。(黒魔術は実費別料金)」

ほんと、ぶっころすぞ。

お前ら元傭兵の気持ちになってみろ。あちこちの軍隊で殺人術を学び、血しぶきと硝煙の中をくぐり抜けてきたような男だ。その男が闇サイトに属し、そこで復讐代行に手を染める。「悲しいな、戦争も復讐も変わりゃしねえ」とか決め台詞だって用意しているかもしれない。

それが真っ暗な部屋で正座して無言電話かけて、落書きしに行ってふなっしーの絵でも描いて、家にはガンガンゴミ投げ込まれて、その横には黒魔術の魔法陣ですわ。別料金実費だからロウソクとかトカゲとかの領収書もしっかりもらってな、「宛名は傭兵でお願いします」とかな。元傭兵がお前らに何したんだよ。もう彼を許してやれよ。

◆誰に復讐をするのか

さすがに最大級の復讐が黒魔術ではちょっと物足りないというか、それ以上に冷静に考えたらわざわざ金払って代行してもらわなくても自分でできる。たぶんこのサイトはダメなので、もっと過激な復讐代行サイトを探します。

今僕が求めているのは、血湧き肉踊るような過激な復讐。あまり大きな声で言えませんけど、高い金取って復讐を代行するなら、こう、犯罪的なことをして欲しい、そんな欲求があるのです。今まさに闇の深淵に立っている、そんな気持ちにさせてくれる復讐代行サイトです。

またもやネットサーフィンですよ。怪しげなサイトを巡り、動画⑤、動画④、動画①、動画②、動画③とクリックし、全部広告じゃねえかと叫んだり、意味のわからないウィルスに感染してホーム画面が外国の検索サイトに勝手に変わっていたり、様々なドラマを経て、ついに過激な復讐代行サイトにたどり着いたのです。


一番基礎となるリーズナブルなコースが大怪我させるですからね。あまりに過激すぎて心臓がバクバクいってしまいます。どこぞの元傭兵に見せてやりたい。


キテル、キテルよ!こんな恐ろしいことを平気で書いちゃうなんて!彼の気概、熱い意志がビンビンに伝わってきます。

大怪我をさせる、社会的抹殺ときたらそれ以上のコースはもうこれしかありません。これ以上の復讐メニューといったらあれしかないでしょう。ワクワクしながらリンクをクリックしました。



「殺害(要相談)」

ドーン!

これぞ闇サイト、これぞ復讐代行サイト。

(要相談)ってなってるところが微妙に面白くて、そりゃそうだろ、殺害レベルのことを相談もなしに勝手にやられたら怖いわ、とか思いつつも、ついに目の前に現れた「殺害」の文字にワナワナと身震いしていました。

しかし、ここで大きな問題に直面します。

ここまで必死に復讐代行サイトを探してきて、お目当てのものを見つけるに至りましたが、そもそも僕は誰に復讐をしたかったのでしょうか。

栗拾いツアーに誘ってくれなかった職場の同僚?

マッサージで僕だけ順番を飛ばしたブス?

おでん?

特塩からあげ弁当をオーダーしたのにのり弁当を持ってきたほっともっとの店員?

どれもこれも冷静に考えると復讐を企てるほどの恨みではないのです。職場の連中だって余った大福とか僕にくれることあるし、寝不足で目を真っ赤に充血させていると「どうしたの?死にかけのウサギみたいでキモいよ?」と心配してくれる良い一面もあるのです。のり弁当だって食べてみたらすごい美味しかったし、オデンの残りの匂いがすると悪口を書いていた後輩も、でもオデン食いたいなってその後にフォローしてくれていた。

結局ね、僕は人を恨めやしないんですよ。人を恨むだけの度胸なんてない。大学生時代に裏ビデオを注文して、「さんまのまんま」が録画されただけのビデオテープが送られてきた時も裏ビデオ業者のこと恨めなかった。

それはもしかしたら他人を傷つけるのが怖いというより、それによって生じる反撃や責任の発生が怖いだけのなのかもしれません。そう、僕は墓穴を二つ掘る勇気がない、とんだチキンなのかもしれません。

それに前述したとおり、法律が自分なりの反撃や裁きを禁止している以上、復讐はかならず何らかの罪に問われます。それを代行として依頼した場合でも「共犯」や「教唆」といった罪に問われるでしょう。そう、人を恨むこともなければ、リスクも高い、依頼してまで復讐する理由は皆無と言っていいのです。

でもね、あまりこういうこと書いちゃうと良くないかもしれませんが、ぶっちゃけ復讐の依頼はしてみたいじゃないですか。この記事を書くために依頼してみてその顛末を報告してみたいじゃないですか。

人を傷つけるほど恨んじゃいない。でも復讐代行は依頼してみたい。相反する二つの思考がぶつかりあった時、一つの考えが浮かんだのです。

そうだ、自分への復讐を依頼すればいいじゃん!

自分で自分に自分への復讐を依頼する。こうすればいたずらに人を傷つけることもない。それでいて実際に復讐代行をしてみるという目的も達成できてこの記事も書ける。

ついでに、どっかで「本当に恨むべきは他人でも社会でもない、自分自身なんだ。(キリッ)」みたいな男前っぽい決め台詞を言うチャンスもあるかもしれない。それ聞いた女が素敵ブシャーとかなるんでしょ、よく知らんけど。

とにかく、こうして僕は復讐代行サイトを通じて自分で自分への復讐を依頼することを決意したわけなのです。

やられてないけどやり返す!倍返しだ!自分に!

◆恨みの情念が足りない

そうと決まれば早速復讐依頼です。

この復讐代行サイトには「復讐依頼フォーム」なるものがありまして、復讐をしたい相手の名前、住所、主な出没地域、希望する殺害メニュー、復讐をしたい理由、を書く欄があります。

ここでは復讐したい相手は他でもない僕自身ですので、迷うことなく自分の本名と住所をぶち込みます。


※イメージです

依頼主の情報としては名前とメールアドレスのみらしく、本名入れると依頼主とターゲットが同じだってバレちゃうので「pato」とハンドルネームを入力し、メールアドレスも捨てアドじゃないやつを入力します。

当然のことですがターゲットと依頼主、ちゃんと分けて分かりやすいフォームになってますが、さすがにどちらも同一人物の情報だとは思うまい。まいったか。

入力終了。

オラッ!死ね!pato!と叫びながら送信ボタンを押します。


これで一安心。あとは殺害を待つだけ、あ、でも(要相談)ってなってたから最初に相談のメールとかくるのかなとワクワクしながら待ちました。

そしたらアンタ、待てど暮らせど返事が来ないじゃないですか。一週間くらい待ってみたいんですけど殺し屋みたいなのが殺害しにくるわけでもないですし、レーザーサイトで眉間のあたりに照準を合わせられることもない。それどころかメールの返事すらないんですよ。

こりゃ一体全体どうしたことか。まさかメールすら来ないとは思わなかった。だって、復讐代行業者からみたら僕は大切なお客なわけでしょ?そらもう「もう我慢できない!」ってケロッグみたいな勢いで業者から連絡があるものだと思ったのに。

例えばさ、引越し見積もりサイトに「ちょっと引越ししたいんだけど」って送ってご覧なさい、「何卒、我が引越しセンターに!」「我社が一番安いです!一度お電話だけでも!」「キリンさん」って狂ったようにメールきますよ。商売とはそうあるべきなんですよ。

じゃあなぜこの復讐代行サイトは全くもって連絡をしてこないのか。ここで一つの疑念が浮かび上がります。

恨みの情念が足りないのではないか?

普通に考えると、いくら商売とは言え復讐を代行するとなるとかなりのリスクが伴います。それにやはり他者を傷つけるわけですから、真っ当な精神の持ち主なら心理的障壁が高すぎておいそれと手が出せるものじゃない。

じゃあ、それらを乗り越えて復讐代行に突き動かす彼の心情とはなんなのか。それは「誰かの復讐の手助けをしたい」そんな熱い想いじゃないだろうか。

彼は何らかの悲しい過去を背負っているのかもしれない。憎しみに身を任せ血塗られた復讐という華を咲かせる輪舞曲(ロンド)を舞い踊った。復讐行為の悲哀や空虚さ、後に残されるやり切れない気持ち、それらを全て理解した上で悲しみを背負うべく復讐代行業を始めたのかもしれません。こんな想いをするのは俺だけで十分だ。

そんな彼に対して誰が軽はずみな気持ちで復讐を依頼できましょうか。それも自分自身の復讐を依頼するなど明らかに恨みの情念が足りない。彼は僕の気持ちを見透かしているのです。そんな軽い気持ちで依頼したって俺は動かないぜ、もっと俺を動かすだけの恨みのエネルギーを届けな、お前の恨みの声が聞きてえんだ、そう語りかけているのかもしれません。

しっかりと恨みの気持ちを書きます。


気持ちが伝わるようにいかに恨んでいるかを力説しているのですが、これ、僕に対する言葉ですからね。自分で自分の悪口を書くのはなかなかエネルギーを要する作業です。

なんとか悪口を書き綴り、再度送信します。今度こそ、きっと、彼からの返事が来るはず。大学進学で春から上京してしまって、メールの返事が段々と遅くなり、夏を境にすっかり返事がなくなってしまった彼氏を思う雪国の女の子の気持ちで待ちました。

それでも返事はこない。まだ情念が足りぬと申すか。

この際、仕方ないですからあることないことでっち上げて恨みを書き綴るしかありません。


何度も申し上げますが、これは自分自身に対する悪口です。なんか書いてるうちにこのpatoって対象者のこと、本当に許せなくなってきた。

それでも返事は来ない。まだ足りぬと申すか。思いつく限りの悪事を羅列するのですが、


もう訳のわからないことに。

ここで一つの考えが浮かび上がります。もしかしたら情念とかそういった類の話ではなく、これは復讐代行業を営む彼自身の心の問題ではないだろうか?

彼自身、確固たる信念を持って復讐代行業を営んできた。様々な復讐の手伝いをし、そこで彼は気づいたのだ。この世は悪が笑い、正義が涙する不条理な社会であるということを。同時に自分自身の行動がちっぽけなものに思えて虚しさを感じたのかしれません。そう、彼は今迷っている。もう復讐代行業から足を洗おうと決意している。けれどもこの両の手についた数多くの血液は拭えない。血なまぐさい臭がプンプンしやがる。これは俺の罪だ、洗っても落ちやしない俺の罪(カルマ)。ああ、この仕事を始めた時から覚悟していたさ、俺が行き着く先は地獄しかないってな。

そんな風に迷っているのかもしれません。ここは彼を奮い立たせるメッセージを送りましょう。


今思うと、最後は「立ち上がるんだ。」よりも「立ち上がるんだ!」の方が勢いがあって良かったですね。 結局、それでも返事はありませんでした。単純にこのメールアドレスが死んでるんだわ。ここ、もう営業してないんだろうね。

◆復讐代行サイトの真実

様々な復讐代行サイトを巡り、自分自身への復讐を本名と住所を添えて依頼する。世の中には数多くの不毛な行為が存在しるのだけど、これ以上に不毛なものってあるのだろうか。

数多くのサイトを巡り依頼メールを送るものの、宛先不明で戻ってきたり返事が来なかったり、「聡子です。今日、小さなアリが私の乳首を這い回ってました、アフン!」っていう意味も必要性も不明なスパムメールが来たりと成果が得られない状態に。

けれども、そんな中にあって一つだけ返事が頂けたのです。光明とはこのことでしょうか。


「○○○○への復讐代行依頼承りました。殺害は1000万円、殺害に至らない実力行使は400万円で請負います。嫌がらせは30万円からです。半分を銀行振込、前金で頂きます。キャンセルはできません」

なるほど、そういうことか。

まず、このメールのポイントですが、殺害は1000万円それ以外は400万円という値段設定です。非常に高額な値段設定と思われるかもしれませんが、逆の立場で考えてみてください。あなたは1000万円貰って人を殺せますか?

人によっては殺せると答えるかもしれませんし、いくらもらっても無理と答える人もいるでしょう。しかし、業務として考えた場合、あまり有効な値段設定とは思えません。効率が悪すぎます。

では、この殺害は1000万円、それ以外は400万円という値段設定はなんなのか。その答えは次の部分にあります。


「半分を前金として頂きます」

復讐を実行に移す前に半額は前金で頂く、つまり殺害なら500万円、それ以外なら200万円、最初に払えということです。これは殺人に付けられた値段ではありません。ある程度のお金がある人が泣き寝入りするギリギリの金額、ということです。

つまり、これらの業者は初めから復讐を代行する気などサラサラないのです。そりゃ誰だってリスクは嫌で、恨みもないのに殺害や暴行なんてしたくないもの、やらなくて済むならやらないでいたいはずです。

そこで、前金として半分だけを頂いてあとはドロンというわけなのです。普通は、そういった詐欺にあったら警察なりなんなりに駆け込むわけですが、ここでは復讐を依頼したという負い目があります。殺害依頼ともなるとかなり深刻な事態になりますから、それらを考慮して払った金を諦められるか、そのラインが500万円と200万円なのでしょう。


「キャンセルはできません」

何気ない一言ですが、ここにも脅しの意味合いが隠されています。かなり強気ともとれるこの発言の裏には次のような真理が隠されています。

あなたはターゲットの名前と住所を入力して復讐を依頼しました。つまり私はそのターゲットにあなたから依頼があったということを教えることもできるのです。さあ、どうする?知られちゃったら大変なことになるね?もう逃げられないよ?

そんなところでしょうか。

このような脅しになってくることは容易に想像できるのですが、誰もが500万円、200万円といった高額なお金を払えるわけではありません。


そういった人向けにに「嫌がらせで30万円」というリーズナブルなコースもあるのです。根こそぎ金を脅し取る、そんな気概が伝わってきます。

どうしよう、憎きあいつへの復讐を依頼したら高額なお金を請求された。それも半分は前払いって言われてる。前金だけ持ち逃げされそう。でも断れない。だって、復讐相手に教えるって脅されてるもの、すぐに私からの依頼だってばれちゃう!どうしよう!軽い気持ちで復讐を依頼したらこんな事態になりかねません。つくづく、穴は二つ掘っておかねばならないのです。

僕も一瞬、やばい、復讐相手に知られる!どうしよう!と焦ったのですが、よくよく考えたら僕の場合、復讐相手も自分だった。知られても屁でもない。というかもう知ってる。

とりあえず交渉してみましょう。

「前金はお支払いできませんが、どうしても復讐したいのです。なんとかおねがいできませんか?」

何も恐れるものはありませんのでグイグイ攻めます。

「すべて後払いということですか?お受けできません。キャンセルもできません」

受けない、でもキャンセルもダメ、どうしたいんだよって思うのですがお金を払えないものは仕方ありません。正直にそのことを伝えます。

「お金が払えないんですよ」

正直に伝えます。何事も正直が一番。

「どのコースをご希望ですか?嫌がらせコースなら安いですよ。落とし穴掘ったりとか30万円でできます」

落とし穴掘るだけで30万円は高いだろ。ここは強硬に主張しましょう。

「殺害で」

またもや、自分で自分に殺害依頼。自殺志願者か。

まあ、これには僕も狙いがありまして、後払いで自分に殺害を依頼する、1000%殺害はされないでしょうけど、まかり間違って成功したとしても、もう僕はこの世にはいなくて瞬く星空から笑顔で皆さんを眺めてますからね、成功報酬の1000万円を払う人はどこにもいない。自分でもこんなに経済観念が発達していたなんて驚きです。家計を節約して驚きの貯金術ですよ。

これには驚くくらいの素早さで返事が返ってきました。

「できません」

ホント、さっきから「できない、やれない」ばっかりじゃないか。本当にやる気あんのか。代行業者としての情念が足りないんじゃないか。

ここでちょっと引く素振りを見せてみましょう。

「じゃあキャンセルします」

「できません」

「キャンセル」

「できません」

良く分からない押し問答が何度か続きます。「キャンセル」に対して「できません」の一点張り。ちなみに、字面が似てるから

「キャンギャル」

って紛れ込ませてみても、

「できません」

て返ってきました。たぶん「キャンユーセレブレイト?」って送っても「できません」って返ってくると思う。

そして、ついに相手が伝家の宝刀を抜きます。

「よろしいんですか?お相手に依頼があったことを伝えますよ?大変驚かれると思います」

キタキタキタ!ついに直球で脅してきやがった。何度も言いますけど、伝えるべきお相手は他でもない僕自身ですからね。まさか、自分で自分の復讐を依頼しているとは思うまい。

「かまいませんよ」

自信の返事。それに対して彼は、

「えっ!?」

よほど意外だったのか、すごい素の返事がきた。えっ!?じゃねえよ。

「伝えてもらって構いませんよ。むしろ伝えて欲しい」

ここは一気に攻め込む場面だと判断して僕はグイグイと攻め入ります。

「冷静になってください。これは遊びではありません。復讐ですよ。復讐を依頼したなんて相手に伝えたらあなたの立場が悪くなりますよ」

別に教えてもらっても一向に構わない。あ、そう、知ってたけど、依頼したの俺だし、くらいのもんなのですけど、ここまで僕の立場を案じてくれるとは、そんなに悪い人じゃないのかもしれません。親身になってくれるいい人なんじゃ……?

しかしまあ、いくらいい人だと言っても先程まで脅迫しようとしていた人物です。ここはちょっと切れた感じを演出してみましょう。

「いい加減にしてください。さっきから聞いてれば前金だとか相手に教えるだとか、本当に復讐を代行する気あるんですか!?やる気あるんですか!?」

ちょっとキレ気味に質問してみます。さすがに復讐を代行する気がないとは言わせない。きっと代行する気満々みたいな返事が帰ってくるはずです。

「いい加減にしてください。そもそも、復讐とは人に頼ってやってもらうものではありません。自分の手でやりなさい。そもそも、こんな依頼するってことはあなた相当陰湿な性格でしょ。だからこんな依頼をするところまで追い詰められるんですよ。あなたが周りと上手にコミュニケーションできないのが全ての原因じゃないんですか?それで復讐を依頼だなんて、そういうのを逆恨みっていうんですよ。恥じなさい」

説教されてる!すげえ説教されてる!しかも結構傷つくこと言われてる!だいたいな、質問に対して説教で返すなんて、おまえはYahoo知恵袋か。それに内容も凄まじく、自らが運営している復讐代行業を全否定。間違ったことは言ってないと思いますけど、それを代行業者のお前が言っちゃおしめえだよ。

まあ、結局、こういった復讐依頼をネタにした脅迫で金をせしめる、もしくは前金だけ受け取って姿をくらませるのが主目的で、復讐行為を行うつもりはサラサラないのでしょう。

ちなみに業者の方は怒りが収まらなかったらしく、

「大体あなた、真剣に依頼してないでしょ?全然深刻な恨みが伝わってこないもの。面白半分でやってるだろ?」

とか送ってこられました。

ふざけるんじゃない。

人がどんな気持ちで自分への殺害依頼を出したと思ってるんだ。おもしろ半分どころの騒ぎじゃない。全部だ!おもしろ全部だ!

「おもしろ全部ですよ。大体、復讐ターゲットも僕のことですし。自分で自分に依頼してました。だから脅迫されてもへっちゃらなんです」

と、ここでネタばらし。これにはサムも苦笑い。仕掛け人も全員登場してきて大団円。

とはならず、なんかすげえ怒ってて

「そんなことしてなんの意味があるんだよ!」

って至極ごもっともなことを言っておられました。

最終的にはすげえお怒りになられてて、

「お前の名前も住所もわかってる、復讐しにいくからな」

ってなってました。ねえ、前金は?前金はいらないの?得しちゃった!

◆まとめ

・復讐、その行為の多くは何らかの犯罪行為となる可能性がある。そそしてそれらを依頼することも同様に犯罪行為となる可能性がある。

・一部の代行業者は、元傭兵にイタズラ電話や落書きをさせ、家をゴミ捨て場にして黒魔術させている。

・復讐代行サイトの中には、前金をせしめて逃げることを目的にした業者や、依頼自体をネタに脅迫することを目的とした悪質なサイトがある。

・自分自身を殺害依頼するとすげえ業者が怒る。

・コミュニケーション能力が低いから栗拾いツアーに誘われない

ということが分かりました。

ちなみに、復讐代行業者が僕を殺しにやって来る!と病的な強迫観念みたいなのに襲われた僕は、代行業者を迎え撃つために落とし穴を掘る!人を殺せるくらいの落とし穴を掘る!とちょっと異常な状態になったんでしょうね。近所のババアが見守る中、

アパートの前の自分の駐車スペースに穴掘ってました。


ちょっと掘ったところで我に返ったんですけど、こんな病的になるくらいなら人を恨むもんじゃないですね。本当に恨むべきは他人でも社会でもない、自分自身なんだ(キリッ)。

まあ、ぶっちゃけるとオチつけるために脈略なく無理やり穴掘りった感じなんですけど、やっぱ穴は二つ掘ったほうがちゃんとオチましたよね。 穴だけに。


1/26 BraveHeartヌメリナイト

まだいける。きっとシャイなヤツが待ち構えているに違いない。

放課後の教室から見えるグラウンドは綺麗だった。もう2月だ。日が短いと言ってもそろそろ結構長くなってきたな、冬ももう終わりだね、と感じる時期。夕陽によって黄色ともオレンジ色とも言える色に染め上げられたグラウンドは綺麗だけれども物寂しかった。

教室には誰もいない。意味不明に教室に残って、別に今すぐやらなくても構わない数学のドリルを狂ったように解く僕の姿だけがあった。放課後の教室は嘘みたいに静かで、窓越しに聞こえる野球部の何言ってるんだか分からない掛け声と金属バットの音だけが静かに響き渡っていた。

きっと、きっと。誰もが勇気を持っているわけではない。

僕はそう信じていた。世の中に数あるお話の多くは、勇気を褒め称え、尊く気高いものだと伝える。誰もが勇気を持って欲しいと伝えているのだろう。勇気を持って欲しい、そう願うことは真っ当でおそらく正しい。けれども、今日だけは、今日だけは、誰かが勇気を持っていないで欲しい。そう願っていた。

2月14日バレンタインデー。

分かっている。全然分かってる。僕のような、飲み会の席とかで複数の男性がいる中で数人の女子に、「この中で完全に顔だけで判断して誰と付き合いたい」という、アメリカだったら人権侵害で結構上の方の法廷まで争われても文句言えないレベルの質問をする雰囲気イケメンがいて、女子も「えー」とか言いながら、ズバズバとまんざらでもない御様子で、小陰唇で物事を考えているような顔しやがってからにランキングを発表するんだけど、間違いなく下から2番目か3番目にランクされるブサイクフェイスの僕ですよ。どうせなら一番下ならまだ救いがあるんですけど、下から2番目、3番目ってところがリアルで切実でシャレになってない。そんな僕がチョコを期待すること自体間違っている。

けれども、この年の僕には勝算があった。なんか毎年そんなこと言ってるような気がするのだけど、とにかく勝算があった。冷静に考えて、まず、いきなり女の子が登場してきて「好きでした」ってチョコを差し出してくる、なんてことがあるだろうか。現実的にはありえない。現実は常に残酷で、ゲームのフラグとは違うのだ。

ならば自分から率先して動かねばならないのだ。そう、チョコをもらうべく動き出さなければならない。待っていたってチョコは飛んでこない。自分からもぎ取りにいかねばならない。2月14日というエックスデーに向けて年明けくらいから用意周到に動かねばならないのだ。

まず女子に親切にする。重い荷物を持ったり、掃除を手伝ったり、女の子はか弱いんだゾ!って感じで親切にした。 1月から2月にかけて「持ってやるよ」「用事あるんだろ、俺が掃除しとくから今日は帰んな」みたいな感じでこのセリフを何度となく口にした。あくまでもわざとらしくなく、それでいてスマートに言うことを心掛けた。

次に、チョコのことなど忘れている感じを演出した。基本的に女子はチョコに対してギラギラしている男子に引いてしまう傾向がある。みんなが思ってる以上に女の子は繊細なんだゾ!全然意識していない自分をプロデュースするため、「あー、あの、茶色っぽい甘いお菓子、なんだっけ」と突然言い出すことを忘れない。

それに女の子は皆が思ってる以上に小悪魔なんだゾ!今か今かとチョコを待ってる男子より、貰えると思っていない男子にあげて驚かせる小悪魔なんだゾ!全然意識していない感じで女子に接するのが得策。

そんな月日を過ごし、その年は、たぶん5人くらいに貰えるんじゃねえかなって算段があった。親切にしたあいつとあいつとあいつ、それに多分僕のことを密かに好いてる、あいつとあいつ、最低でも5人、全ての歯車が噛みあえば10人はいけるかもしれない。10人のチョコなんて持って帰ったら母ちゃん、腰抜かして泡吹くんじゃないだろうか。変に気をまわして母ちゃんが避妊具とか渡して来たらどうしよう、そんなこと考えていた。

多分貰えるんだろうなって算段のあるバレンタインって物凄くて、朝から全てが違う。貰うあてのないバレンタインを「バレンタイン」って表記するなら、算段のあるものはちょっと調子ぶっこいて「ヴァレンタイン」と表記してよい。特に最低でも5人はいけそうな今年は「ヴヴヴヴヴヴァレンタイン」くらいで、リモコンバイブの音みたいにしても良い。とにかく、あんなに灰色だったヴァレンタインの風景がカラフルで瑞々しくて、温度すら感じる風景だった。

お、朝っぱらからくるかな。朝からはちょっとあれだなー。みんな昼休憩にとかにくれるかな。あの子とあの子がかちあっちゃったりしてね、おいおい、わかったわかった、どっちも美味しく食べるから喧嘩しないで、わかった、こらこら、よし、今両方食べるから。ほーら、泣き止んで、ほら。

とか妄想してたら、あっという間に放課後になった。CMスキップ機能を使ったかと思う速さで放課後になった。オレンジ色の教室。誰もいない教室で僕は泣いた。

それでも僕は信じたかった。算段を立てていた女の子たちはくれなかったんじゃない。断じて、僕のことなど眼中にもなくて、チョコをあげるという考えすら浮かんでこなかったとかキモイから話もしたくないとか、そんなことはなかった。彼女たちは勇気がなかった、渡したくても渡せなかった、そうであったと僕は信じたかったのだ。

勇気を持つことは尊い、誰もが勇気を持つことを善行と信じ、奨励するだろう。勇気を持って欲しいと思うだろう。けれども、僕は彼女たちは勇気を持っていなかった、勇気がなかった、そうであったと信じたかった。

「おい、早く帰れよ」

担任が見回りにやってきた。僕は目を真っ赤にしてやらなくても良い数学のドリルを解いていた。

「この問題解いたら帰ります」

「熱心なのはいいけど、あまり遅くなるなよ」

もしかしたら、この担任も、チョコもらえると信じて普段来ない教室の見回りにきたのかもしれない。彼もまた、教え子たちに勇気がなかったと信じていたのかもしれない。だとしたら、コイツもバカだ。

それでもやっぱり、彼女たちに勇気がなかったのだ、貰えなかったのじゃない勇気がなかった。そう信じないと生きていけない。薄暗い帰り道、涙を堪えながら歩いた。途中、公園を横切ると、貰えるだろうと算段を立てていた内の一人の女子が、クラスのイケメンにチョコを渡しながら、真っ赤な顔で俯きながら告白していた。むちゃくちゃ勇気あるじゃん。

ホント、女はクソ、何がか弱いんだゾだ。なにが繊細なんだゾだ。なにが小悪魔なんだゾだ。小陰唇と大陰唇の見分けがつかなくなって中陰唇になって死ね。とにかく死ね。

そんなこんなでヌメリナイトの告知です。

BraveHeartヌメリナイト
2014/02/14(Fri)Valentine day @TOKYO CULTURE CULTURE
Open 18:00 Start 19:00 End 22:00 (予定)
イベントサイト
チケットサイト残席わずか!

Illustrated by HAMUEMON

バレンタインデーの夜に送る冬のヌメメリナイト。
本当の勇気とは何なのか。
ひとりひとりの想い―――
奇跡を信じて
圧倒的スケールでお送りするヌメリナイト特別編!!

と意味不明なこと書いてますけど、太ったオッサンが訳の分からない話をするだけです。多分、本気で訳わからない話する。大阪でやったら来場者の95%男性だったことも納得と言った訳の分からない話する。ぬめり本2のリメイクでもある「ぬめり2-挑戦するものたち-」も数量限定先行発売予定です。みんなでバレンタインに訳の分からない話を聞きましょう。

そんなこんなで、皆さんお待ちしております。

ちなみに冒頭の話で出てきた年のバレンタインは、いくらなんでも貰えるだろうなって算段を立てていた母親からすら貰えなくて、本当に女ってクソだと思った。ヌメリナイトにご来場予定の女性の方、別に僕は算段も立ててませんし、茶色い甘い奴の名称も分からないし、重い荷物持ちますよ。お待ちしております。


10/22 マンション勧誘と対決する

最近、奇妙な倫理観が蔓延っているのか、それとも世界がおかしな方向に向かっているのか、首をかしげることが多い。その中でも特に首を傾げざるをえないことがある。それが「最初に宣言さえしてしまえば何をしても良い」と考えている輩が増えていることだ。ごめんね、今から迷惑なことするよと宣言すればある程度の迷惑は許容される免罪符となりうる、そんな勘違いをしているんじゃないだろうか、そんな場面に多々遭遇する。

ウチの職場に、ちょっと、どこかの老人が真夏の暑さを省エネ的に乗り切ろうと、窓の外にグリーンカーテンを作ろうと思い立ちネットを張って植物を植え、あとはツタが伸びてきてここを一面の緑が覆うぞ!と期待していたら思ったほど茂らなくてショボイ感じになってしまい、そのうち世話するのも面倒になって枯れちゃった、って感じのグレーンカーテンの成れの果てみたいなブスがいるんですけど、このブスが事あるごとに言うんです。

「ごめんだけど、私、絶対にミスするから、ミスしても怒らないでね」

このブスは仕事を引き受ける際には必ずこんなことを言う。僕はこのセリフを聞くたびに「分かってんならミスしないように気張ってやれや!このブス!お前自身がミステイクだ」と思うのだけど、そんなことを口にはできない。絶対に口にはできない。

口にしようものなら「買った参考書のイラストがウザギばかりで勉強する気にならないから新しいの買う、だから金くれ」と親に嘘をついて金をもらおうと画策した遠い日の僕以上に良く分からない理屈でセクハラ駆け込み寺みたいなところに駆け込まれ、完膚無きまでに反省させられてしまう羽目になるので、ただただ心の奥底にしまい込む作業に没頭するのだった。

もちろんこのブスは案の定というか、ワザとやってんじゃねえかと思うほどに定石通りにミスするのだけど、「私は最初に断っておきましたけど!ミスするかもしれないっていっておきました!」と全く悪びれる様子がない。むしろ、宣言したのにやらせた僕が悪いとでも言いたげな表情だ。たぶん、最初に宣言すれば全てが免罪符になると本気で思っているんだろう。恐ろしいことだ。

例えば、いきなりブリボン!とウンコを漏らすことと、あらかじめ「すまん、ウンコ漏れるわ!漏れる!あー、いかん!」と宣言しておいてブリボン!とするのでは、確かにいきなり出されてギョッとするよりは、え、漏らすの!?マジで!?と思った刹那に出される方が幾分かはマシかもしれない。けれども、ウンコを漏らしたという事実には変わりがない。出てくるウンコは等しく同じウンコだ。

でね、僕はいよいよ堪えかねて切り出したわけなんです。このままじゃ絶対に良くないって思いましたから、いよいよ切り出したわけなんです。僕は仕事上のミスを怒っているわけではない。ミスなんて誰でもすることだ。誰かのミスを捕まえて目くじら立てることは良くないことだ。ミスを恐れて誰も何もできなくなっちゃうからね。だからミスを怒るつもりなんて毛頭ない。

そんな風に必死であり、決死の覚悟で前置きという予防線を張った上で切り出したのです。それでも、最初にミスするよと宣言さえしておけばミスしてもいいって考えはよろしくない。そんな気概だからミスをするんじゃないだろうか。そもそもそんな宣言をされたって、こっちはどう反応していいのか分からない。それは手を抜く宣言と同じじゃないか。ちょっとばかしカワイイからってそんな宣言、許されると思っちゃいけない。

なんとか発狂されないようにやんわりと忠告しようと、「ちょっとばかしカワイイからって」などと心にもないことをブスに言ってしまっている僕がどうしようもなくチキンなのだけど、それでも忠告せざるをえなかった。セクハラ駆け込み寺という恐怖に怯えながらも、それでも戦わざるをえなかった。

僕自身はそんなに仕事熱心ではありませんから、そんな甘えた精神は許さないんて熱い魂はありませんし、ミスを減らして顧客の信頼を!なんて会社員の鏡みたいな精神もありません。ただただ、こういった「宣言さえすれば免罪符」って考え方は巡り巡って自分に降りかかってくるのです。現に今だって、「ミスする」って宣言されたのに仕事を任せた僕が悪い、といった論調だ。周りの連中もそういった雰囲気、世論は彼女の味方だ。

さすがにそれは勘弁なので、なんとか駆け込み寺に駆け込まれないよう、彼女を刺激しないよう、やんわりと「宣言したって免罪符にはならない」と伝えたつもりなんですけど、分かってもらえない。

どれだけ落ち着いて説明しても分かってもらえない。最終的には働き者のアンリと怠け者のピーターがいて、ピーターは俺は怠け者だと村の皆に宣言していて嫌われ者、でもピーターは予め宣言しているんだから怠けたっていいって考えで、そんな時、村に嵐がやってくるんです。村の中心を流れる川が氾濫しそうになり、民が避難する中、ピーターは寝ていて気が付かない。誰かが、ピーターを起こして避難させないと、と提案するのですが、村の民は

「あいつは怠け者だから非難しないよ、そう宣言してたじゃん」と声をかけない。結果、ピーターは家ごと流されてしまってお星さまになってしまう。っていう童話まで捏造して、「オランダで古くから言い伝えられている童話だよ」と嘘までついたのに分かってもらえない。

結果、悪質なパワハラということでセクハラ駆け込み寺みたいなところに駆け込まれちゃいましてね、社内の比較的偉い人に呼び出されてコッテリと、それこそダシでもとるの?と聞きたくなるレベルで絞られてしまったのです。しかし怖いよね、こういうので呼び出されることは結構あるんですけど、大抵が話が大幅に変わっていますからね。昔のバラエティ番組でやってた伝言ゲームレベルで話が変わっている。

「ミスをするかもしれないと不安そうなA子さんに横暴な感じで仕事を押し付けたときいていますが」

「ミスをしたA子さんを異常なレベルで叱責したと聞きました。発狂に近く、畏怖を感じたと聞き及んでおります」

「訳の分からない話をし始めて異様に不気味だったと聞いております」

比較的偉い人から淡々と語られる衝撃の事実。パワハラの事実。頭のおかしい異常者が発狂してパワハラ!今でもA子さんは恐怖に震えている!まさに悪魔の所業!良く知らないですけど、もしかしたら冤罪ってこういったスキームで作られていくのかもしれません。これは恐怖ですよ、恐怖。

「ミスをしたことを怒ったのではなく、宣言しておけばミスしても良いと思っている性根に対して怒っている」

「とにかく落ち着いて、ピロートークのように優しく忠告したつもりだ」

「訳の分からない話ではない。分かりやすいように働き者のアンリと怠け者のピーターの童話に置き換えて話しただけだ」

と、弁明し、またもや捏造した「働き者のアンリと怠け者のピーター」の童話を一生懸命話したんですけど、もう、集中砲火でしてね。

「それって適当に作った童話だよね?」

「狼少年のパクリじゃない?」

「そもそも働き者アンリが全くストーリーに関わってこないけど必要なの?」

とまあ、実に的確なツッコミを頂戴仕りましてね、ボコボコですよ。働き者アンリが出てこないのは盲点だった。まあ、結局、晴れてパワハラ認定。セクハラとパワハラの二冠王みたいな状態になってしまったんです。セクハラとパワハラ、これにハラミでもあれば最高なんだけどね、と訳のわからないことを考えつつ、反省文というか、A子さんに対する謝罪文というか、そういうのを書いていたんですけど、どんどんと脱線して行って謝罪からは遠い感じに、途中から闇の紋章に魅入られた主人公が伝説の剣を引き抜きに行く話とか書いてました。

そんなブレイブストーリーを書いていても何も解決しないので気を取り直して「この度は大変申し訳なく」みたいな心にもないことを、僕も色々と沢山の文章を書いてきたけど、その殆どに魂を込めて書いてきた、けれどもここまで魂が入ってない文章もないな、と唸るほどに空っぽの謝罪文を書いていると、けたたましくオフィスの電話が鳴りました。

プルルルルルル!

僕はこのオフィスの電話というものが嫌いで、悪魔の咆哮と呼んでいる。できることなら取りたくないと常々思っているのだ。この種の電話は絶対に幸せを運んでこない。電話に出たら「コングラッチレーション!」とか言われてノーベル賞受賞を知らせる電話だったなんてことは絶対にない。新たに追加される仕事かお叱りか苦情か、オフィスへの電話はそんなゴミみたいなものしか運んでこない。

できることなら取りたくない。だからと言って電話をシカトなんてできるはずもない、その辺が社会に生きる人間として辛いところなのですが、やれやれだぜ、とかラノベの主人公みたいな感じで気だるい雰囲気を醸し出しつつ、その悪魔の電話を取りました。

「はじめまして!大変ご迷惑とは思いますが、少しだけお時間をいただけないでしょうか!」

いきなり超元気。物凄い滑舌の良さ。体育会系の部活で真っ直ぐ育ってきて先輩にも後輩にも慕われる、年上女性からのウケもいいみたいな人物像が容易に想像できます。まあ、いくら純真そうで情熱ありそうな青年からの電話といっても、これ、悲しいけど勧誘電話なんですよね。

やっぱりというか、なんというか、オフィスにかかってくる電話なんて喜ばしいものなんてなくて、テレホンセックスに狂ってる人妻が昼間からその性欲を持て余して、間違って僕のオフィスにかけてきてしまって、いきなりマックスビート、ダメ、壊れちゃう!プシャー!とか電話口で叫んでることなんて絶対にないのです。

「すいません。いまちょっと忙しいんで」

いつもなら、適当に相手をしつつ、徐々にこちらのペースに乗せていき、最終的には勧誘の内容とは完全に無関係な、「筋トレをしまくって胸筋がピクピクするくらいビルドアップし、上司に説教されてる時に「バカ」って言われる度に胸筋をピクっとさせる遊びをするのが僕の夢、男のロマン」という、勧誘電話をかけてきたことを一生後悔するようなクソみたいな男のロマンを延々と語る自信があるのですが、あいにく僕は忙しい。

この謝罪文を完璧に書き上げ、心を込めて謝罪しないと大変なことになってしまいますので、勧誘電話に付き合っている暇はないのです。けれどもまあ、基本的にこういった勧誘電話を断る文句として「今忙しい」は最もやってはいけない行為なのです。

よくよく考えてみてください。勧誘電話をかけ続ける電話の向こう側の人、唐突で無礼で誰かを騙そうとしている悪魔のような存在に思いがちですが、彼らだって人間、人の子なわけなんです。人並みの心もあれば怒りもするし悲しみもする。僕らと同じ感情を持った人間なのです。

ですから、一日中勧誘の電話をかけ続け、時には酷い言葉を浴びせかけられたり、怒鳴られたり、嫌味を言われたりするわけです。そうなると、普通の考え方の持ち主は簡単に心が壊れてしまう。じゃあ、彼らはどうするか。そう、考えられないレベルでポジティブな思考にシフト。そうすることで自分の心を守護するのです。

勧誘の電話をかけ、怒鳴られたり怒られたらどうでしょうか。怖かったー、電話かけないようにしようって思うでしょう。けれども、彼らは完全にポジティブになってますから、怒鳴られたということは話を聞いてくれたということだ。興味があるに違いない。脈アリ。また電話しよう、となるみたいなんです。

それと同じで、「今忙しいから」という断り文句は最低です。普通なら、遠まわしにやんわりと断られていると理解できそうなものですが、彼らはとにかくポジティブにできている。「今忙しい」→「忙しくないなら話を聞く」→「興味ある」→「ガンガン勧誘してくれ!」とこう変換されるらしいのです。ルナ先生か。

とにかく、忙しいという断り文句は彼らにとって興味あるというウエルカムと同じですので、絶対にやってはいけません。「いりません」「興味ありません」といってガツンと断らないといけないのです。現に今回の電話も、僕のその「(謝罪文を書くから)忙しい」という言葉を聞いて途端にヒートアップ。

「忙しいといっても電話もできないくらいに忙しいってことはそうそうないですよね!」

もう完全に調子ぶっこいてますからね。肌が綺麗と言われた時のブスぐらいの勢いで調子ぶっこいてますからね。ここまで調子に乗られると清々しさすら感じられるのですけど、よくよく考えると、これって一理あるんですよ。

世の中には色々な忙しい人、激務な人っているとは思いますし、それこそ、数分、数秒の電話をする暇すらないレベルで忙しい人も少なくはないと思うんです。でもね、どう考えても僕の忙しさはそんなレベルじゃない。謝罪文書いてるだけですから、普通に電話に耳を傾ける時間くらいは余裕である。

よく、ツイッターとかで忙しくて死にそう、全然暇がない、って呟いている人いますけど、呟く暇はあるっていう矛盾みたいな状態になってますからね。それと同じで、電話をできないほど忙しいわけではない、そんな結論に達してしまったのです。

「そういえばそうだね。一理ある。よく考えたらそこまで忙しくないです」

彼が言うことももっともだ。僕がそう答えると、電話の向こうの彼はさらにヒートアップ。オラア!カモが引っかかったぞ!という彼の心の声が聞こえてくるようでした。

「それでは聞いてください。私、○○者のXXと申します。今日はとてもお得なマンションの販売についてお電話差し上げました!なんと!大阪の一等地のマンションです!」

自分の得意分野のアニメのことを話しているオタクくらいのヒートアップさで話す彼。まず落ち着いて欲しい。とにかく落ち着いて欲しい。この時点でおかしい場所が2箇所ある。

まず、僕はお金がなさすぎて死にそうで、明日食う飯の金をどうしようかと悩んでいるレベルの人間だ。使ってない銀行口座の800円ほどの残高のうち、手数料を抜いた400円くらいをさらに使ってない700円ほどの残高の口座に振り込み。自分の口座から自分の口座に振り込んで1000円以上にして下ろして食料を買おうという人間だ。そんな人間がマンションを買えるか。

「いやー、でも自分の口座から自分の口座に金を振り込んで残高を1000円以上にしようって人間ですよ。そんな人間がマンションを買えるとは思えない」

正直にそう答えるんですけど、彼は止まらない。

「購入される方みんなそうおっしゃります。けれどもなんとかなるものですよ。逆にローンの返済となるとお金の使い道をよく吟味するようになり、逆に貯金が増えたなんて方もおられます」

とテンプレート的な回答。本当に自分の口座から自分の口座に振り込んでるなんて皆が言ってるのかよと思うのですが、もう一つのおかしい場所を責め立てる。

「そもそも、大阪に住んでないんで、大阪のマンションを買っても仕方がないんですけど」

僕はそもそも大阪に住んでいないし、昔、新幹線に乗って大阪に行ったら大阪到着の7分後にマクドナルドでお釣りを貰えないとう大事件が勃発した。完全に僕にとっての魔都市大阪で、住むなんてなったら臓器とかまで取られかねない。大阪のマンション買ってる場合じゃない。

「いえいえ、住むんじゃありませんよ(笑)」

かなり調子に乗っちゃってるんでしょうね。ちょっと小馬鹿にした感じ鼻で笑いながら言われてしまいました。

「マンションに棲まないなんておかしい。カレーを買って食わないのと一緒だ!」

僕もまあ、全然わかってるんですけど、ここは彼を調子に乗らせたほうが面白いんじゃないかと思いましてね、彼がヒートするよう全然わかってない感じを醸し出してみました。

「実は投資用マンションなんですよ。このマンションは好立地ですからね、必ず値上がりします。ですから今、ローンを組んで買っても必ず儲かるわけなんです」

こういう勧誘の場合はですね、基本的には「値上がりする」「絶対に儲かる」という言葉を使ってはいけないんですよ。ですから、こういう文言が入っている勧誘は1000%詐欺だと思って頂いて結構なんですけど、これを言っちゃうってことは彼も相当調子に乗ってる証拠なんですね。

さあ、ここら上手に話を展開していって極めてナチュラルに胸筋を鍛える話に持って行くぞ!と思ったんですけど、途方もない事実に気がついちゃったんですね。そう、そんなに長いこと電話をしている暇はない。目の前にある書きかけの謝罪文、脱線して伝説の剣を抜きに行くとか書き出して大部分を消してしまった謝罪文、これを指定時間までに提出して心から謝罪しないと僕に未来はない。

まことに心惜しいが、今は彼の相手をしている暇はない。一刻も早く電話をたたっきって謝罪文にとりかからなければ。脱線しないように書かなければ。

でもね、ひとつだけ問題があるんです。僕が悪いんですけど、完全にカモを引っ掛けたとヒートアップしている彼、今も電話の向こうで不動産投資がいかに熱いか熱弁している彼なんですけど、ここまでの状態になってしまったらちょっと断ったくらいでは引き下がらないと思うんです。

断る。それに対して彼が反論する。また断る。そんな不毛なやりとりがかなりの長時間に渡って繰り広げられるに決まってます。そんなことしてるうちに謝罪文のリミットが訪れ、大変危険な状態になるに決まってます。

大変心苦しいですが、ここは何も断ることなく、全く予告することなく無言で電話を切るに限ります。受話器を離しても「ですから、都市部の不動産は今後も上昇を続け……」という彼の必死の説明が漏れ聞こえてくるのですが、なむさん!って感じでガチャリと電話を切りました。

ふう、これで謝罪文を書くことができるぞ、みてろ、今度は脱線せずに心にもない謝罪の言葉を並べてやる!と息巻いていると、またもや電話が鳴りました。

プルルルルルルルル!

なんだよ、と思いつつ電話に出ると、先ほどの彼でした。彼は非常に激昂しておりまして、

「勝手に電話を切るとは何事ですか!」

と完全ヒートアップ。あまりの勢いに僕もタジタジです。

「はあ、すいません」

あまりの剣幕ですので謝ったんですけど、それでも彼の怒りは収まらない。

「人との電話の最中に勝手に切るとかどんな教育を受けてきたんですか!親の顔がみたいですわ!」

とか言われたい放題。さすがに温厚で知られる僕だってこれにはカチンとくるじゃないですか。ラーメンとライスを注文したのに忘れらてて、ラーメンを食い終わった後にライスを運んでこられても怒ることなく、モソモソとライスだけを食べる温厚な僕でもこれには怒るじゃないですか。

「あのね、仕事中に勧誘の電話かけてこられても迷惑じゃないですか。だから電話を切ったんです」

と反論するも、彼は止まらない。ノンストップ。

「だから最初に迷惑かけるって断りを入れたじゃないですか!」

もう完全に意味がわからない。最初に断りゃなにしてもいいのか。彼の理論で行くと、最初に「大変ご迷惑と思いますが」と宣言しているのでどんな迷惑をかけても構わないらしい。それを言うなら同時に「少しだけお時間を」って言ってるので、短時間でないとおかしい。

もう完全に頭にきましてね、普段は温厚で知られる僕ですよ。うどんを頼んだのに海苔巻きが運ばれてきても文句言わずにモソモソと海苔巻きを食べているような僕でも頭にきましてね、こりゃあ、どこまで彼が激怒するのか見てみたい、そんな気持ちに駆られてしまったんです。

ということで、勝手に電話を叩き切ったら激怒する彼に向けて、色々な電話の切り方をして実験してみました。

1.もう一度電話を叩き切ったらどうなるか

ほんとごめんなさいって感じで謝ると、彼も気を取り直してくれたのか、またもやマンションのセールストークを始めてくれました。

「ですから、株や為替は安定した収入を得るのが難しい投資方法といえるわけです。その点、不動産投資は、ガチャ!」

我ながら絶妙のタイミングで切断できたと誇らしいのですが、これを受けて彼がどう出るか。もちろん、切った数秒後にはすぐにかかってきました。すごい怒ってるのが伝わってるのか、心なしか電話のベルの音もいつもより大きい気がします。

「はい、もしもし」

「あんたふざけてんですか!なんで切るんだ!不潔!」

不潔っていう罵り文句が突然出てきて意味不明ですが、言われると結構傷つくものです。もう怒りすぎて自分でも訳がわからなくなってるんでしょうが、とにかく倍以上の怒りであることは容易に伝わってきました。そこでもっとやってみましょう。

2.謝りつつ切ったらどうなるか

「いやー申し訳ない。切る気はなかったんですよ。急に上司が近づいてきて、マンションとか私用の電話だってバレたらまずいと思って切ったんです。悪気があったわけじゃない」

誠意を込めて謝ります。

「ホントですか?それでもいきなり切るのはダメですよ。そういう場合はちゃんと断って切ってください。いきなり切られると頭に来るんです」

徐々に彼の怒りも収まってきたでしょうか。ダメ押しで謝罪します。

「本当に申し訳ない。次からはちゃんと断ってから切るようにガチャ」

今度は早かったですね。さっきのかけ直して来るまでの時間を10秒くらいとするなら、今度は6秒ぐらいでかけ直してきた。

「はい、もしもし」

「@xsjんうぃえおむせいfr3prfsksjd」

もう怒りすぎて何言ってるのか全然分かりませんからね。彼も自分の中に潜む隠れた阿修羅みたいなのを自覚して自分でもビックリしているんじゃないでしょうか。

3.口で切断音を真似したらどうなるか

インターネット黎明期、僕の十八番と言えばダイヤルアップ接続とモデムの接続音のモノマネでした。これがもう完全に瓜二つで、電話口でやったら本当に接続しちゃうんじゃないかと怖くなるほどでした。こういった電話系の機械音は得意ですので、怒り狂ってる彼に通用するのか実験します。

「お怒りはごもっともです。けれどもですね、また上司がこちらに来て睨んでいたのです。もう大丈夫です。もうポマードの匂いがしないので上司は近くにいません。さあ、大阪のマンションの話をお願いします」

「ほんとですかあ?」

怒りが収まってきたのか、彼も気を取り直してまたマンショントークです。

「いま、大阪駅のリニューアルにより世界的に注目されています。今後ますます大阪という土地の価値は上がりガチャツーツーツーツー(口で言ってます)」

受話器に耳を当ててて聞き入ります。口で言ってるだけですから当然ながら回線は繋がったままです。僕のモノマネが通用しているなら彼は勘違いして電話を切るはず。そしてすぐにかけ直してくるはず。緊張して聞き入っていると

「あのサル、また電話切りやがった。絶対にぶっ殺す。マンション買わせてから殺す」

とか呟いたあとに向こうも電話切りました。こえー、マンション買わされた上に殺される。誰がローン返すんだ。とにかく、僕のモノマネが通用したということです。これは大変誇らしい。

もちろんまた怒り狂った彼がすぐにかけ直してくるのですが、今回は僕が切ったわけではありません。勘違いして向こうが切ったのです。

「はあ、僕は口でものまねしただけですけど?勝手に切ったのはそっちですけどー!ベロベロバー!」

「なに言ってんの?お前が先に切ったじゃん!」

「ですからその音が僕のモノマネでーす!無断で切ってやんのー!」

と小学生の口喧嘩みたいな状態になってしまいました。

4.連発で切ったらどうなるか

電話の構造って面白いくて、どんな仕組みになってるのか知りませんけど、受話器を置いて切ったとしても、すぐに受話器をあげたら回線が繋がったままなんですよね。これを繰り返したらどうなるか。実験してみましょう。

「おい、お前、そもそもお前本当にマンション買う気あんのかよ」

もう彼は怒りで我を忘れているのか、口調が完全に変わってる。とてもお客様にとてもお得な不動産投資の話をお勧めするのが仕事な 人とは思えない。

「買う気ありますよ!」

人間ってここまで心にもないこと言えるんだと感嘆してしまうほどまっすぐと言い放ちました。

「マンションとか買う前に、礼儀とかそういったものを学んだほうがいい。お前は人に迷惑をかけてるんだぞ」

すげえ説教されてて意味不明、そもそも最初に「迷惑かける」と宣言して好き放題やってる人間の言葉とは思えない。

「はあ、じゃあ、マンション買わないほうがいいですかね」

僕がちょっと控えめな態度を取ると彼が調子ぶっこくのも織り込み済みです。

「それでも俺はお得な投資情報を客に伝えるのが仕事だ。だから無礼といって見捨てることはしない」

なぜか切々とものすごい上からの目線、成層圏あたりから目線で語られてますが、やるならここです。連発で切ります。

「いま、ガチャ、マン、ガチャ、ション、ガチャ、買う、ガチャ、あれ、ガチャ、また、ガチャ、切れ、ガチャ、おい、ガチャ、こら、ガチャ、なに、ガチャ、やっ、ガチャ、て、ガチャ、殺、ガチャ、す、ガチャ」

もうブッ壊れたラジオみたいでしてね、表面に傷が付きまくったCDで出来の悪いラッパーが唄う良く分からないラップを来ているような感じでした。あまりの面白さにオフィスの机に突っ伏して一人でプルプル震えて笑いを堪えてた。

僕としてはまだまだ実験したい項目は山ほどあったのですが、ここで彼からの電話はかかってこなくなりました。そう、あれだけしつこく、良く分からない自信に満ち溢れていた彼からの電話はかかってこなくなったのです。

さあ、ここからが本番です。

早速、彼が名乗っていた会社名で検索をかけ、電話番号を調べ上げ、電話をかけ直します。なにせ、彼が言ったように、最初に「迷惑をかける」と宣言さえしておけばどんな迷惑をかけても構わないのです。

電話をかけると年配っぽい男性が出ました。

「申し訳ありません。先ほどマンションの件で電話をいただきまして、その際に話し忘れたことがあって電話したのですが。ご迷惑とは思いますが聞いていただけないでしょうか」

男性は、カモが電話をかけてきたとでも思ったのでしょうね。

「はい、了解しました。担当は誰でしたでしょうか」

と優しい声。

「○○さんです」

最初に名乗られた名前を伝えると、どこか別のところに勧誘電話かけていたのでしょうか、数分待たされたあとに彼が出ました。

「さきほどはどうも」

「またおめーか」

「実はぜひ聞いて欲しいのですが、ある男性が温泉に入っていると自分の右拳に謎の紋章が浮かび上がったのです」

電話の向こうから「はてな?」という雰囲気がムンムンに伝わってきたのですが、それでも続けます。

「それはその村に代々伝わる闇の紋章で、その紋章が浮かび上がった者はサタンとして村を追い出されるのです。主人公も追い出されるのですが、そこで同じく闇の紋章を持つ僧侶に出会います。そして伝説の剣を引き抜きに浮遊都市マハレンまで行かなければならないことを知ります」

ここまで話したくらいでしょうか。何の宣言もなしに電話を叩き切られました。すぐに電話をかけ直すと彼が出ました。

「おいおい、勝手に電話切るとは、親の顔が見たいわ。さあ、続きを話すぜ。しかし、その浮遊都市ハガレンに行くには空を飛ぶ術を習得しなければなりません。その術は失われし民族モブロ族しか知りえないのです。モブロ族は闇の紋章を持つサタン一族に滅ぼされ、僅かな人数が細々と生きているだけでした」

ここまで話すと、彼が結構落ち着いた感じで言い出します。ここまで落ち着いているのは逆にすげえ怒っているということだと思います。

「あのね、業務の邪魔なの、迷惑なの、かけてこないでくれる」

そう言われても仕方がありません。

「最初に迷惑をかけると宣言しましたが。モブロ族はサタン一族を憎んでいる。それでも空を飛ぶ術を手に入れるため、モブロ族の集落を訪ねます。そこで主人公は真実を知ります。あの伝説の剣を抜くことでそのサタンは死に絶え、その死んだサタンが世界を滅ぼす脅威となるのです、皮肉な運命のいたずらだなガチャ」

またかけ直します。

「○○は今席を外しております」

今度は最初の年配の方が出ました。

「そんなはずないんだけどなあ、じゃあ、アナタでいいや、聞いてください。なんと仲間になった僧侶こそがモブロ族の末裔だったのです。そして彼は言いました。まさか俺に闇の紋章が現れるとはな、皮肉なものよ、殺したいほど憎いサタンに、この俺が」

そしたら、すごい意外なことなんですけど、その相手の年配の方がすごい面白って話を聞いてくれましてね、

「ほうほうそれでどうなった?」

とか聞いてくれるもんですから僕もすごい盛り上がっちゃってですね

「おやじいいいいい!崩れゆく浮遊都市、瓦礫に飲み込まれていく主人公の父親は笑って親指立てていた。いつまでもいつまでも、笑っていた」

とラストシーンまで1時間くらい語っていました。

「いやー、結構面白かったよ、まさか親父が黒幕とはね」

「また思いついたら電話します」

「よろしく」

何分かり合ってるんだ。

とにかく、最初に宣言さえしてしまえば免罪符になり得る。それはとても良くない考え方のなのです。あらかじめ言っておいたほうが突然そうなるよりいいでしょ、という考えかもしれませんが、それは言い換えれば、最初からそのつもりであるという自白でしかありません。

ウンコを漏らすと宣言するよりウンコを漏らさないように頑張る。ミスをすると宣言するよりしないように注意する。迷惑をかけると宣言するよりかけないように生きていく、そういったポジティブな思考こそが大切なのです。そう、まるでマンションを売る勧誘電話の人のようにポジティブな思考が大切なのです。

ふうー、やれやれだぜ、と時計を見ると、謝罪文の提出期限の20分前、こりゃあかん、1時間も伝説の剣を引き抜きに行く話を語ってる場合じゃなかった。もうこりゃ仕方がないので、スペースを埋めるため、先ほどの伝説の剣を引き抜きに行く話を光のような速さで記述しておきました。

さすがに謝罪文にこんなブレイブストーリーを書くのはまずいのですが、「謝罪する気持ちのあまり、話が脱線するかもしれないが、それはまあ、謝る気持ちが強いということで大目に見て欲しい」と謝罪文の冒頭で宣言してあるので多分大丈夫だ。

それに、ラストシーン、崩れ行く浮遊都市から地面に舞い降りた主人公を出迎えたのは働き者アンリにしておいた。今度はちゃんと働き者アンリの出番があったぞ。ざまあみろ、だ。


9/2 ヌメリナイト2013

夢から覚め、現実へと引き戻された時、人はその夢をどこに放ってしまうのだろうか。

ゴミのように捨てるのだろうか。もう忘れてしまうのだろうか。心の奥底にジッとしまいこんでしまうのだろうか。まるでなかったことのように消し去ってしまうのだろうか。いいや、そんなことはない。人はその夢敗れた時、きっと、次世代へと託すことを考えるのだ。

あの日、公園の片隅に打ち捨てられていたエロ本は、そんな夢のカケラ。誰かが破れた夢を次世代に託すため、そっと公園の片隅に置いた。処理に困ったわけではない、ゴミの日や古本回収に出すのが恥ずかしかったわけじゃない。近所のお兄さん(おそらく)はその夢を僕らに託したのだ。

捨てられていたエロ本は、近所のお兄さんの夢の続き。僕らは胸と、未熟な股間を膨らませてその夢に魅入った。人から人へ、夢から夢へ、そして、未来へ……。

ということで、夏です。もう夏の終わりですが、とにかくヌメリナイトの季節がやってまいりました。太ったオッサンがよく分からないことを汗ダラダラ、唾を飛ばしながら3時間くらい喋り続けるこのイベント、昨年はウンコをテーマに大暴れという、訳の分からない黒ミサみたいな状態でした。

そして今年のテーマはエロ、ということでガッツリと、そしてガッカリと、太ったオッサンが訳の分からないことを喋りまくりたいと思います!皆さん、是非ご来場ください!

ヌメリナイト2013-僕らのエロイカ-


Illustrated by Najima

阿佐ヶ谷LOFT A
2013/09/21(土)
出演:pato、松嶋、FunkyNaoNao 
イベントページ
チケットはイープラスにて絶賛発売中!SOLD OUT!

頑張ってよくわからない話を延々とするので、恋人同士、親子同士、友人同士、ひとりぼっちでも是非是非お越しくださいね!


7/25 蹴りたい背中

まるで見えない手に後ろから押されているかのようだった。

人間の思考なんてものは分からないもので、時に理性的であり、時に論理的、徹底的に合理性を追求したと思ったら、それでは説明できない感情的な行動に走ることもある。自己犠牲、献身、情熱、揺さぶられた感情は論理では理解できないことが多い。

まるで見えない手に背中を押されたように論理では考えられない行動を取ることがある。それが人間なのだ。感情という名の手だろうか、そっと後ろから押されたその想いは抑えることができない。論理と感情、全く相反する二面性こそが人間が人間である最たる根拠なのかもしれない。

時に感情に任せてイレギュラーな行動をとる人間は、論理の世界では完全に役立たずで、中でも恋に恋している中学生あたりの男子の思考回路は論理的に考えると本当に正気の沙汰とは思えない、未来の人間がたまたまタイムテレビで行動を覗いたとしたらこの時代の人類全体の文化全てを勘違いされかねない奇行がてんこ盛りだ。そんな中学時代の論理的でない行動、思い出すと赤面するばかりだ。

僕が通っていた中学校の近くに、小さなラブホテルがあった。

そのラブホテルは、おどろおどろしいフォントで「愛の池」と書かれ、意味不明な天使なのか地域に出る露出狂なのか分からないイラストが書かれた看板があり、それがなければラブホテルと分からないほど普通の民家で、今にも母ちゃんとかが洗濯物を干しかねない外観だった。

しかしながら、周囲に張り巡らされた銀の柵と、抱き合うように絡みついた大量のツタが不気味な雰囲気を醸し出しており、おそらく「愛の池」というホテル名の起源となっているであろう、直径1メートルほどの池が入口横に有り、緑というよりは紫色の不気味な水を蓄えており、一層の不気味さを演出していた。

もちろん、性的にセンシティブな中学生が多数通る場所だ。この不気味なラブホテル「愛の池」は僕らの心を鷲掴みにして離さなかった。いつからか、ああいったラブホテルは普通に旅行で宿泊するホテルと違い、男女のいかがわしいコミュニケーションの場所だと知った僕らは、とにかく「愛の池」に夢中だった。

中学になった瞬間に急に色気づきやがってからに、惚れた腫れたの人間模様を展開しだしたカップルには「ヒューヒュー、愛の池いっちゃうの?」と冷やかすのが定番だったし、新任の女教師なんかを冷やかすのに「先生、愛の池行きましょう!」とやるのが当たり前だった。思うに、芽生え始めた「性」、それをあまりに直球で表現するのは抵抗があるから置き換えなければならない、それが「愛の池」だったのだと思う。愛の池は僕らにとって性の代名詞だった。

もちろん、完全にHotワードと化していた「愛の池」だったのだけど、それは会話の中だけの話で、実際はやはり得体の知れない恐怖を感じていた。「愛の池」の近くにいると得体の知れない怪しさを感じるし、圧迫感みたいなものもあった。それよりなにより、稀に、ハゲオヤジとマダムがコソコソと人目をはばかってコソコソと入っていくシーンとか目撃しちゃって、なんだか怖かった。

なんというか当時のウブな中学生にはリアルすぎたんでしょうね。触れてはいけない世界というか、見てはいけない大人の世界というか、非日常すぎる非日常に無意識にブレーキが効いたのでしょう。僕らは「愛の池」の前を通る時はあまり視界に入らないよう、近づかないようにしていたのです。それが我が中学での標準だった。

そんな存在が中学生の身近にあると、やはり今度は根も葉もない噂が出回るもので、それこそ、「愛の池」では老婆が出刃包丁持って歩き回ってるとか、池の横に死体が埋められてるとか、有事の際には要塞になるとか、愛の池で不倫をしていたら入浴中に妻が入ってきて殺された男がいて、その男は今も自分が死んだことに気がつかず、あの不気味な池で入浴を続けているとか、ちょっと意味不明な噂が多数出回っていた。

今考えると、そんなことあるはずがない、老婆が包丁持ってるとかそんな馬鹿な、なんで風呂と池を間違えるんだよ、お間抜けゴーストだな、と思うものですが、同時の僕らは完全に信じていて、ビビったものだった。

僕ら中学生にとっての畏怖の対象となった「愛の池」、次なる段階に進むと今度は、その恐怖の対象に恐れをなさない中学生が登場してくる。ハッキリ言うと、それは僕だったのだけど、皆がビビって遠巻きに眺め、怪しげなものと認識している「愛の池」、それに全くビビらず、平然としている男こそがカッコイイと意味不明な勘違いをしていた。

認識だけだったら良かったものの、その中学生の勘違いはまさにブレーキの壊れたダンプカー、瞬く間に勘違いは加速し、最終的には中学生でありながら日常的に「愛の池」を利用するダンディな自分をセルフブランディング、という訳の分からない状態になっていた。

ある日のことだった。授業も終わり、早く家に帰って「スクールウォーズ」の再放送を観なければならないと、イソイソと家路についていたところ、道路脇のバスの待合所みたいな汚い掘っ立て小屋の中に見慣れた制服姿の子が二人いることに気がついた。

それは当時僕が思いを寄せていた女の子で、名前を愛子ちゃんといった。そこまでカワイイ女の子ではなかったのだけど、溢れんばかりの笑顔が眩しい太陽のような女の子だった。

その愛子ちゃんが、もう一人のお供みたいなブス、これがまあエラいブスなんですけど、どうんくらいブスかっていうと、たぶんレントゲン撮ってもブス、みたいなそんな感じで、そのX線ブスと愛子ちゃんが楽しそうに談笑していたんです。

僕らの中学では登下校時の買い食いは禁止されていましたので、どうしてもジュースとか買って談笑したいって時は、あまり目立たないこの待合所が多用されていたのですけど、どうやらそこで愛子ちゃんとXブスもジュース飲みながら談笑していたみたいなんです。

さて、こうなると僕も平常心ではいられないわけですよ。なにせ、想いを寄せている女の子が帰り道にいるのです。このまま黙って通り過ぎる手はない。何かカッコイイ動作でもして彼女の心に印象という名の焼印を押し付けなければならないのです。

ここで一発、待合所に入り込んで「やあ元気?」とでも軽やかに話しかけることができれば今頃僕の人生も全然違ったものになっていたかもしれませんが、とにかくそんなことはできるはずもありません。そもそも、僕と愛子ちゃんは会話すらしたことないので、ステージとしてはそのへんの変質者とそんなに変わりません。話しかけるなんてできない。

ということは、何かカッコイイ動作や仕草で彼女の気を惹くのが正解なわけで、僕が最もカッコイイと思うのはテロリストの仕掛けた爆弾の爆発から血だらけになりながら子犬を守る、なのですが、どう見回してもテロリストもいなければ爆弾もなく、子犬もいない、とてもじゃないが理想のシチュエーションは巡ってきそうにないのです。

そうなると、次点として、乱暴な不良がカツアゲしてきて取り囲まれるんですけど、毅然とした態度で接する僕に不良が怒り狂い襲いかかってきて、やれやれ、暴力反対なんだがな、とフッとため息をついた僕は地面を殴り、ひび割れたアスファルトにおしっこを漏らす不良たち、なんですが、不良もいませんし、アスファルトは割れませんし、そもそも僕、喧嘩弱いですからね、さすがにこれも無理なんです。

まずい、このままでは千載一遇の大チャンスを逃してしまう。なんとかして愛子ちゃんの網膜に僕という存在を焼き付けなければ僕自身はただの路傍の石と化してしまう。焦った僕は周囲を見回しました。すると、大逆転のトリガーとなりうる存在が目に飛び込んできたのです。

それは「愛の池」でした。愛しの愛子ちゃんが談笑を楽しむ待合所から少し離れた場所におどろおどろしいオーラを放ちながら「愛の池」が佇んでいたのですが、その距離感が実に絶妙、遠くもなく、近くもなく、さらに角度的にも中の様子がアリアリとわかる、そんな位置関係でした。これはもう神が配置した、そう思いましたね。

前述したとおり、当時の僕はちょっと色々と間違えていましたから、皆が畏怖を感じるラブホテル「愛の池」を普通に利用するスーパー中学生がカッコイイと意味不明な勘違いをしていましたから、もうこれを利用して愛子ちゃんに熱烈アピールするしかない、とさらに勘違いに勘違いを重ねてしまったのです。

しかしながら、本当にそんなことをしてしまってもいいのだろうか。僕の心の中に迷いがありました。確かにカッコイイしアピールすべき場面、人生においてこれほどのチャンスは来ないであろうと予想される場面です。どう考えても行くべきなんですけど、やはり僕だって「愛の池」は怖い。

あんな怪しげな外観に、様々な噂、あそこに宿泊したきり帰ってこなくなった人がいて、深夜に老婆が肉片を運び出していたなんて噂も聞きます。そんなとこに足を踏み入れて無事で済むはずがない。行くべきか、行かないべきか、悶々と悩んでいると、すっと見えない手に背中を押されたような気がしました。

「いくしかないだろう!」

行かないことは簡単です。その反面、行くことは難しいでしょう。実はこれって世の中の大半の事柄に当てはまることで、僕らは常にやらない理由を探しているものです。どんなことでもやってみたらいい、やらない後悔よりやって後悔、なんて月並みなことを言うつもりはないですが、もしアナタが何かに対して「やらない理由」を探しているのなら、「やる理由」を探してみてはいかがでしょうか。

このまま普通に生活していたって愛子ちゃんの視界に僕が入ることはないだろう。ならばここはリスクをとってでも行動に移すべき。バリッとかっこよく「愛の池」を利用する大人でダンディーでアーバンな自分を見せつけるべきだ。それが見えない手に背中を押された僕の「やる理由でした」。

決意した僕は歩き出します。待合所の横を通過しながら横目でチラリと愛子ちゃんの姿を確認。愛子ちゃんは夢中でX-MENと会話しています。この没頭ぶりから見るに、ここらで何か注意をこちらに惹きつけておかないといけません。そこで、適切な独り言を言って注目を集めます。

「あーあ、肩こりがひでえよ、愛の池でもいくかー」

当時の自分としては非常に軽やかに、まるで愛の池に行くことが日常であるように独白できたつもりでいたのですが、肩こりが脈略無さ過ぎて意味不明ですし、愛の池との繋がりも一切不明です。あえて言うならば部分的に間違っているというより、全てが間違っている。

この時の僕の声のトーンを表現すると、独り言なのに明らかに人に聞いてもらうことを前提にした独り言というか、膀胱炎で泌尿器科に行ったんだけど間違っても性病できたわけではないということをアピールするために受付で「膀胱炎なんっすよー」と待合室全体に聞こえるように言うトーンといいましょうか、とにかくワザとらしい感じだと思って頂ければ幸いです。

もちろん、さらに横目でチラリと確認してみると、愛子ちゃん、「何言ってんだこのバカ」みたいな目でこちらを見てるんですが、当時の僕は愛子ちゃんの注目をこちらに惹きつけることに成功したと信じて止まない。あとはズンズンと愛の池に向かって歩くのみです。

ここでダメ押しとばかりに、

「愛の池、行き過ぎてもう飽きちゃったわー」

と、距離が離れた愛子ちゃんに届くようにさらに大声でしゃべります。もう意味がわからない。飽きたなら行かなければいい。

で、いよいよ愛の池の門の前に到着するんですけど、なんか威圧感がすごいんですよ。道路からは全然見えなかったんですけど、庭みたいになっている場所にはカエルの置物が8体くらい、飾られてるんではなくて無造作に転がっていて、意味不明にカラフルな風車が沢山地面にブッ刺してあるんです。

完全に気が動転しちゃってもうこれ以上一歩も進めないみたいな感じになってんですけど、チロリと振り返ってみると明らかに愛子ちゃんがこちらを凝視しているではないですか。

「こ、これは期待されてる……!」

そう確信しましたね。たぶんなんですけど、愛子ちゃんは「やだ、うそ、愛の池に普通に入れるなんてカッコイイ」とか思ってトクンとか心の音がしてるのかもしれません。

ビビってる場合ではない。もう僕は一歩踏み出すしかないのだ。この時、僕の背中を押してくれた見えない手は間違いなく愛子ちゃんの手だった。

愛の池の敷地内に入ると、やはり中は異様な雰囲気だった。緑なのか紫なのか良く分からない池も、間近で見ると気味悪い藻みたいな植物が浮いたり沈んだりしていて気持ち悪い。コケだらけの地面に転がっている「休憩2000円宿泊3500円」と赤い文字で書かれていた看板も意味不明な怖さを演出してくれる。

「もういい、僕は頑張ったのだ」

こうやって敷地の中に入ってしまえば、愛子ちゃんのいる場所からはもう僕の姿は見えない。大切なのは「当たり前のように愛の池に入った」というカッコイイ事実だけで、その後の展開は必要ない。これ以上、大冒険アドベンチャーをする必要はないのだ。

しかしながら、すぐにとんぼ返りは頂けない。おそらく愛子ちゃんは胸をときめかせて僕の余韻に浸るように入口周辺を見つめ、この胸高鳴りは何…?とかやってるはずだから、すぐ出て行くわけにはいかない。こりゃ裏口から出るのが賢明かな、とさらに奥へと歩みを進めたその時だった。

「いらっしゃい!」

玄関からは入らず、建物脇のスペースを通って裏に回ろうとしていると、物陰から本気で老婆がでてくるじゃないですか。ホント、老婆、マジ老婆、超老婆。しかも手に包丁持っとるんですよ。今思うと、多分、利用客のルームサービスとかで料理をしているところだったんでしょうけど、そういう都市伝説を信じていた僕はもう、恐怖で恐怖で

「でたーーー!」

とか叫んでましたからね。そしてまあ、お恥ずかしい話、腰が抜けちゃいましてね。はわわわわ、みたいな感じでズルズルと後退することしかできなかったんでしょうけど、老婆も老婆で驚いたみたいで、そりゃあいきなり中学生がラブホテルの敷地内に入ってきたら驚きますよ。「なんね!」みたいな驚きの表情してるんですけど、それがもう、僕には老婆が獲物を捉えた確信の表情にしか見えなくて、さらに「ひいいいい」ってなることしかできなかった。

結局、毛じらみみたいな動きをしながらズルズルと後退していったらズボーンと愛の池に落ちちゃいましてね、水は臭いわ、思ったより深いわ、藻が絡みついてくるわで大騒ぎ。命からがら愛の池から飛び出し、生まれたての小鹿みたいになりながら道路へと逃げ出したのです。

ここまででも十分にカッコ悪いんですけど、さらに心配した老婆がタオル持って追いかけてくるもんですから、「おたすけー!」と脱兎のごとく逃げ出す僕、体に絡みついていた藻がボトンボトンと音を立ててアスファルトに落ちていく音だけが響き渡ってました。愛子ちゃんはその光景の一部始終を見ていた。

結局、泣きながら、水の入った靴をガッポガッポさせ、さらに服のいたる場所から藻をボットンボットン道路に落とし、パンくずを撒きながら歩いたヘンゼルとグレーテルみたいになりながら、Howeverっぽい感じになりながら、それはGLAY、TERUでしたね、とにかく失意のどん底にありながらも、愛子ちゃんに少しはカッコイイところ見せられかな、と自分に言い聞かせたのです。

まあ、家に帰ると制服を藻だらけにしたことにより母親に烈火の如く怒られるわ、親父には「お前は頭の中に高砂部屋でも詰まってんのか?」みたいな感じでネチネチと怒られたり、次に日学校に行くと、あれほど信じて背中を押してくれていた愛子ちゃんが先生に、愛の池に入っていた不届きな男子がいると告げ口されて正座させられたりと、とにかく散々だったのです。

ちなみに、伝説の愛の池で藻だらけになった男して愛の藻、略してアイモみたいな、十数年後に発売されるロボットペットみたいなニックネームを頂戴つかまつったのですが、まあそれは別の話。とにかく、背中を押されたことによってとんでもない目にあったのです。

けれどもね、やはりこういった背中を押してくれる見えない手というのは大切だと思うんです。背中を押される、なんてまるで外部から作用する力のように書いていますけど、実際にそこに作用するのは「いかなければならない」という自分の意思であり決意なのです。それらを外部要因にすることによってハードルを下げているわけなんです。

それが良い結果をもたらそうと、悪い結果をもたらそうと、決意して動いたという事実は変わらない。ならばどんどん背中を押してもらって、どんどん決意していけばいいじゃないか、そう思うのです。

先日のことでした。

僕の通勤途中には、クッソ小汚くてレトロな、今時珍しい感じの朽ち果てる寸前みたいなラブホテルがあったのです。毎朝そこを通る度に、過去の「愛の池」のトラウマが蘇り、朝っぱらから心臓の鼓動が早まるのを感じ、苦々しい想いをしていました。

しかしながら、ある朝通りかかると、いつも見えるトレードマークのオレンジ色のスダレが見えません。あの、古いラブホテル独特のスダレがいつもなら威風堂々と風にはためいているのですが、それが全く見えない。

それどころか重機やトラック、作業服を着た男たちが頻繁に出入りしているではないですか。この屈強な男たちがラブホテルに重機で突撃してアナルセックスに興じている、と考えるには無理があります。普通に考えて、取り壊していると考えるのが妥当でしょう。

最近は不況の影響でしょうか、ラブホテルに限らずこういった小規模でレトロな店舗は苦戦しており、次々と閉店を余儀なくされているのです。結局のところ大型店舗、大資本には適わないということなのでしょうか、なんだか寂しいものです。

実は、僕、このラブホテルに関しては当初から狙っていたことがありまして、今か今かとそのチャンスというかタイミングを伺っていたのですが、それが達成される前に廃業、とはとても残念で、こんなことになるのならどうして思い立った時に行動しなかったのか、どうして誰も背中押してくれなかったんだ、そう憤ったのです。

その旨を、職場の同僚の大村くんに相談しました。「通勤途中にあるラブホテルが潰れてた」と。大村くんは、複数のセックスフレンド、いわゆるセフレを有するやり手のプレイボーイで、毎週セックスしてるぜ!が自慢の男です。毎週セックス、つまり毎週合体しているということは「Qさま」と「お試しかっ」かよ、と思うのですが、とにかく、この街のラブホテル事情に詳しい。

大村くん曰く、あのラブホテルは廃業ではなく改装らしい。つまり、数日もすれば小奇麗になってリニューアルオープンするよ、とのことでした。さすが大村くん、廃業ではなく改装なら僕の狙っていた望みは叶えられるかもしれない。むしろ、そちらの方が好都合なくらいだ。

案の定、数日経つと件のラブホテルは改装を終え、今風の南国高級リゾート風のラブホテルに変貌していた。入口付近も大変おしゃれな感じになっており、トレードマークとも言えるあのオレンジ色のスダレも綺麗さっぱりなくなっていた。

「今ならいけるんじゃないだろうか」

そんな想いが僕の心の中に湧き上がっていた。常日頃から想い続けていたあの野望を実現に移すチャンス、それが今やってきたのではないだろうか。湧き上がる想いと胸の高鳴りを抑えられなくなっていた。行くなら今しかない。

そう決意する反面、全く正反対の別の感情も湧き上がる。いやいや、もう僕もオッサンというか、大人の部類に入る年齢だ。はたしてそんなことをやっていい年齢なのだろうか。もう、若さゆえと言い訳はできない年齢、もっと思慮を持って行動すべきではないだろうか。

僕は迷いに迷った。行くべきか行かないべきか。とにかく迷った。そして、フッと見えない手に背中を押された。

「行くしかない」

あの時、中学時代と変わらない。何一つ変わらない熱意を持った僕は改装されたばかりの門をくぐった。全ては日頃から思い描いていた野望を実現するため。あの想いを形にするため。愛の池の思い出がフラッシュバックする。できれば引き返したかった。けれども、決意した僕の想いは止められない。

南国風の植物が飾られた通路を抜けると、なぜか小さな滝がディスプレイされており、その横に部屋をチョイスするパネルみたいなものが鎮座していた。どの部屋もトロピカルな感じで魅力的、どの部屋を選んじゃおっかな、という感じでウキウキしていると、こんなことをしにここに入ってきたわけではないことを思い出す。

「こんなことしている場合じゃない」

早速、目的を達成するため、フロントみたいな小窓のところに話しかける。

「すいません、ホテル利用とかじゃなくて申し訳ないんですけど、ちょっとお話があるんですが、責任者の方とか偉い人とかいますか?」

そう話しかけると、顔は見えなかったのですが小窓の中にはパートのおばちゃんっぽい人がいたみたいで、少し戸惑いながらも答えてくれました。

「今ちょうどうオーナーがいるんで、聞いてみますね」

とのこと。いける、こりゃあいけるで!そう確信しました。そして、数分待つと、またおばちゃんがやってきて、

「お会いするそうです。どうぞ、横の扉が入ってください」

見ると、小窓の横には目立たぬように壁と同じ壁紙が貼られた扉があります。中からおばちゃんが開けてくれたみたいで、ぎいいという音をたてて20センチほど隙間ができていました。

まさかオーナーが会ってくれるとは、なんでも言ってみるもんだと意気揚々と中に入っていくと、そこは事務スペースとして使っているのか、南国リゾートとは程遠い、思いっきり汚いオフィス、みたいな風景が広がっていました。

その脇にさきほどのおばちゃんが立っていて、「奥にどうぞ」とか丁寧な感じで促してきます。書類の山が積み上げられた通路の奥にさらに白いドアがあり、どうやらそこにオーナーがいる様子。なんで僕はこんなラブホテルの事務所の中にいるんだと思いつつ、ゆっくりと歩を進め、ドアをノックして部屋に入ります。

「何か用ですかな?」

中に入ると、なかなか小奇麗な部屋の中に恐ろしげな老婆が鎮座しているじゃないですか。オーナーは老婆、中学の頃の愛の池での包丁を持った老婆の姿がフラッシュバックします。

「いえ、あの、その……」

トラウマを抉られシドロモドロする僕。さらに老婆が畳み掛けてきます。

「何か用ですかな?」

恐ろしげな老婆に、ビクビクする僕、なんか千と千尋の神隠しみたいな感じになっていて、そのうち僕は「patoとは贅沢な名前だねえ、アンタはpaで十分だよ」とか名前を奪われてしまうかもしれません。

とにかく、僕は思いを伝えなければならない。毎日毎日、通勤途中にラブホテルを眺めながら思い描いていたあの野望、それを伝えなければないらない。じゃなきゃここまでやってきた意味がない。また、見えない手に背中を押された僕は、ついに口を開いた。

「リニューアル、おめでとうございます」

勇気を出して発した僕の言葉に老婆はニヤリと笑った。僕は続きの言葉を発した。

「実は、リニューアル前に入口のところにあったオレンジ色のスダレありましたよね。もうオシャレにリニューアルされたんで必要ないかと思います。できればあれを頂けませんか?」

実は僕、ずっとあのオレンジ色のスダレを欲しい欲しいと思っていたんです。いつかチャンスがあったら貰ってやる、ずっとそう考えていたんです。そして、僕はついに行動に移した。

「あんなもん、なんに使うんだい?」

湯婆婆は驚いた顔をしたかと思うと、すぎにニタリと笑い、僕に問いかけた。

「どうしても答えないといけませんか?」

「そりゃあ、何に使うかも分からないのにはいそうですかと渡せないよねえ」

言ってしまったほうがいいのだろうか。やはり言ったほうがいいのだろうか。ババアの言葉は言わないと渡さないとという意味に取れる。裏を返せば、納得いく使い道でさえあればくれるということではないだろうか。僕はついに、その思いを、スダレの使い道を老婆に伝えた。

「アシュラマンの前掛けの部分を作りたいんです!」

これが絶対にあのオレンジ色のスダレにピッタリなんですよ。これさえ作れたら、あとは腕を4本付けたらすぐにアシュラマンですよ。なりたい、アシュラマンになりたい、なんでそんなに頑ななのか自分でも分からないんですけど、とにかく毎朝スダレを見る度にアシュラマンのことばかり考えていた。

ここからは凄かったですね。即座に「意味不明、帰れ!」と老婆にビシイと言われて、2名のオッサンが出てきて本当に外に連れ出されましたから。あまりに冷徹な対応に、泣きながらHoweverを歌うことしかできませんでした。

なぜ、アシュラマンになりたいのか自分でもわからない。けれども、それがカッコイイと僕は信じて疑わないのだ。それは中学生時代、愛の池に入れる男がカッコイイと勘違いしていた事と同じなのかもしれない。あの頃から何も成長せず、意味不明なかっこよさを求め続けているのかもしれない。つくづく、人間の感情ほど理論ではないと痛感させられる。

けれども、僕はアシュラマンになることを諦めない。これからもラブホテルのスダレを見るたび、アシュラマンになりたい想いが募るだろう。チャンスがあれば手に入れるべく行動に移すだろう。迷うだろうが行動に移すだろう。迷った時、そっと背中を押してくれる手、アシュラマンの6本の手が僕の背中を押してくれるから。


6/5 さよならバイバイ

なんでも排除すればいいって問題じゃない。

高橋さんの言葉は深く僕の心に突き刺さった。それは電波やネットに乗って流れてくるどんな言葉よりも、綺麗に整えられて書店に並ぶどんな言葉よりも、巷に溢れる心がこもっていないどんな言葉よりも、僕の心を救ってくれたような気がしたからだ。

僕の勤める職場はなぜか異様に敷地が広く、果たしてここまで広大な必要があるのだろうか、プレハブを3つくらい建てるだけで十分じゃなかろうか、と思うことばかりなのだけど、とにかく、農園を始めるのかと思うばかりの無限の敷地が広がっている。

もちろん「無駄に広い」と言い切るだけの明確な理由は存在していて、どう好意的にカウントしてみても、その3分の1も有効に利用されていない。残りの3分の2は完全に死に体と言っても過言ではないのが実情だ。こんな無駄な土地を持ってるだけで税金はかかるだろうし、売り払って給料にでも還元してくれた方がどれだけ幸せだろうか計り知れない。

しかしながら、その完全に無駄と言い切ることができる死に土地であるが、無駄だからこそと言った新たなフロンティアを見出すこととなった。それは無駄だからこそ守られた楽園というか、無駄だからこそ成し得たフロンティアというか、とにかく画期的で凄まじいものだった。

やる仕事もなく、完全に暇でいてもいなくても変わりない状態、それが今現在に僕が職場で置かれている状況なのだけど、まあ、想像を絶する暇さである。空前絶後の暇さである。あまりの暇さに、小学生が集まるオセロサイトで子供相手にオッサン無双する始末。たまに小学生に負けるから驚きだ。

そんな暇さを効率的に解消できるわけではなく、時間を持て余した僕の行為は敷地内の散歩へとシフトしていった。無駄に広い敷地内を何の目的もなしに散策する。本来なら敷地外へと足を伸ばして行きたいところなのだけど、それだと地域の小学校とかで小太りで怪しげな男が徘徊しています。注意喚起!とか連絡簿に書かれかねないので敷地内に留めておきます。

どんな場所でもそうなのですが、目的もなく散策すると色々な発見があるものです。家の近所でもきっとそうです。心を落ち着けて穏やかに散歩してみてください。普段見えないものが沢山見えてくるはずです。僕も、ウチの職場、こんなのがあったんだ、とこんなに身近にあったのに気づかなかった多くの物を発見することができました。

そんな中、一つのプレハブ倉庫が目にとまりました。大木が茂り、ちょっとした森林みたいになっている一角に存在していたプレハブは、所々が錆び付き、見るからに長い間誰も使っていないことを伺わせるものでした。この通りは何度も通ったことあるのですが、こうして散歩でもしない限りその存在を気に求めない。そんな倉庫でした。

大木の下をくぐり抜け、小さな水たまり飛び越え、伸び放題に伸びた雑草をかきわけて倉庫に近づきます。入口の扉には大きな南京錠がぶら下がっていましたが、その根元部分が錆びて朽ち果てており、ただ強固な鍵がぶら下がっているだけで意味を全くなさない状態に成り下がっていました。

そっとドアを開けます。見るからに年代物の引き戸であるドアも同様に錆び付いており、どんなにゆっくり動かそうとも、ギギギギという何かが削れるような音を、まるで悲鳴のように奏でてスライドしていきます。いや、スライドというよりはそれはこじ開けに近かっただろうか。

完全にドアを開けると、カビのような埃のような匂いがムワっと立ち込めていて、奥の窓から差し込む光に無数の埃が舞い踊り、その踊りが光のラインを象ってる光景が見えた。相当に長い期間、誰も足を踏み入れていないことは確かだった。

「うわー、すげえきたねえなあ」

思わず声を上げてしまう。高層ビルのように左右に積み上がった木製の棚を確認しながら二歩、三歩と奥に歩みを進める。棚にはビニールシートやら正体不明の看板やらが乱雑に収納されていた。その中の白い布を手にとって広げてみると、いつの物だろうか、少し色褪せたその布には「栗拾いツアー」と書かれたいた。おそらく、行事で使った横断幕かなにかだろう。

明らかに我が職場における、いらないもの、邪魔なものなどなど、様々なカオスが押し込まれているこの倉庫、いうなれば厄介払いの箱とでも言おうか、あまり触れたくない、目に入れたくない、いわゆる「いらないもの」が押し込まれているのだ。

この倉庫はなんだか埃っぽいし汚いしカビ臭い、なにより汚くて普通に考えるとできるだけ長居したくない場所なのだけど、なんだか憎めない。それどころか、この場所にいることが心地よく思えてくるから不思議なものだ。この気持ちは分かる人にしか分からないだろうけど、おそらく同族に対する親近感というかシンパシーというか、そういった類のものなのだろう。

片や、いらなくなり、多分もう二度と使わないだろうけど捨てるまでもないような気がするし、もしかしたら惑星同士が衝突するような僅かな確率で必要になるかもしれないし、一応取っておくかという深く考えない気持ちでこの倉庫へと運ばれてきた品々たち。

片や、忙しいはずの職場で仕事がなく、暇で暇で仕方がなくて子供とオセロをして負ける僕。それすらもやりすぎて飽きてきてしまって本格的にすることがなくなってしまったので散歩なんて始めてしまい、この倉庫へと辿り着いた僕。そう、ここにある品々はまるで僕だった。色褪せたこの横断幕は僕そのものだった。

今や僕そのものとなったカオスな品々に、まるで「よう、元気してたか」と軽やかに挨拶するかのように一つ一つ品定めし奥へと歩みを進めていく。打ち捨てられた品物たち、色褪せた品物たち、悪臭のする品物たち、それらはやはり僕自身そのものだった。ふと一番奥の突き当りに異様な品物が置かれているのを発見した。

ほかの品々は乱雑とは言えすべて棚に納められている。しかしながらこの品物だけは通路の一番奥の突き当りの床に威風堂々と置かれていた。窓枠には届かないくらいの高さの数十センチの直方体。緑の布がかけられていて、その上に埃が積もったその謎の物体が窓からの光に照らされ、異様な存在感を放っていた。

おそるおそる緑の布を手にとってみる。ザザっと上に乗っていた砂がコンクリートの床に落ちる音が聞こえた。思ったより軽かったその布を一気に取り去る。ムワッと大量の埃が舞い上がり、光の筋をより鮮明に浮きだたせる。果たして、そこには予想だにしない途方もない品が鎮座しておられた。

それはエロ本の山だった。

20冊はあっただろうか。「写真塾」などとポップなフォントで書かれているエロ本が積み重なり、ビニールの紐でシッカリと縛り付けられていた。縛り付けた人間がどんな思いであったか伺えるほど強く縛られたビーニーる紐は、エロ本の四辺に強く強く食い込んでいた。

「なんでこんなところにエロ本が」

ハッキリ言って、完全にパニックだった。僕もいい年した大人だ。中学生のようにエロ本ごときで南米に祭りみたいに騒いだりはしない。しかしながら、あるはずのない場所にあってはならない物体があると少なからず心がざわついてしまう。このエロ本は草原を吹き抜ける風が草花を揺らすように、僕の心をざわつかせた。

普通に考えて、これは他の品々とは異質である。他の品々は職場で使われた不要な物が運び込まれているわけで、けれどもこのエロ本の数々は確実に職場では使われていないはずだ。むしろ使われていたら嫌すぎる。そう言った意味では、誰かが個人的な品物をここに運び込んだと見るべきだ。

おまけに、このエロ本たちのラインナップを見てみると、その品揃えはなかなかカルマが深い。コンビニなどに売られているライトなエロ本を出来心で買っちゃいましたというラインナップではなく、明らかにその道のプロが集まる書店で買い揃えた品々だ。魑魅魍魎どもの叫び声がねっとりと本自体に巻きついている。相当な思い入れがあるであろう逸品たちだ。

僕の推理はこうだ。このエロ本の持ち主は誰なのか知らないが、なかなかの選球眼を備えた名選手だ。その名選手が逼迫した事態に直面した。おそらく家族にバレそうになったかバレたか。大量のコレクションを処分しなくてはならなくなった。そうなった時、人は全滅だけは避けたいと考えるだろう。せめて精鋭たちだけは残したいと考えるはずだ。このエロ本たちにはそうやって選りすぐられたであろう選抜メンバーのオーラがあった。

困りに困った誰かは、その選抜メンバーをこの誰も近寄らないだろう倉庫に置いた。いらない品物を置きに来る時くらいしか人の立ち入らない、誰もが存在を忘れているこの倉庫に置いたのだ。エロ本たちの発行年数から推察するに、おそらく2年ほど前に置かれたものだろう。

さあこれはとんでもないことになった。いらないと思っていた我が職場の余剰土地、そこにひっそりと佇む、これまた必要性の感じられない倉庫。そんな究極的に不必要と感じられる場所に置かれたエロ本という宝物。なんというか、全く期待していなかった場所にとんでもない品物が置かれていた事実に僕の心は踊った。この舞い踊る誇りたちのように踊ったのだ。

それから倉庫に通う日々が始まった。相変わらず仕事はなく、いわゆる使えない人、仕事のできない人な僕なわけなのです。そりゃあ頑張って仕事している人に悪いなとか給料泥棒ですいませんって思ったりして心が重く、それでもできないものはできないんだから仕方ないと葛藤に苦しんだりするわけなんですけど、そんな心苦しい職場にあってエロ本倉庫は僕のオアシスになったのです。

暇なとき、仕事ができない自分が嫌になった時、散歩がてら倉庫に寄り、そこでエロ本を読むわけです。匠の残したエロ本を読み、そこに込められた魂に思いを馳せる。そうすることで精神のバランスを保てるとでも言いましょうか、とにかく、平穏に暮らしていけるようになったのです。

ちょうどその日も、僕は件の倉庫でエロ本を堪能していました。じっくりと、読者のお便りコーナーみたいなページまで開き、「タイタニック平岡と申します。もう少しスカトロ系の特集もお願いします(笑)」という投稿に(笑)じゃねーよ、そのペンネームどういうセンスだよ、と文句を言いつつ、そろそろ職場に戻るか、と立ち上がりました。

二枚写真を並べて間違い探しをされたとしても絶対に気づかれないレベルで元あった状態にエロ本を戻し、全く同じように布をかけます。そして外に出てあおの立て付けの悪いドアを閉めます。立て付けの悪いドアはいつものようにギギギと大きな音を立て、その音に少しビクビクしながら、なるべく音を出さないようにそっと閉めます。その時でした。

「誰かいるのか?」

茂みの向こうから声がしました。明らかにこちらに問いかけてきています。まずい、偉い人だったりしたらどうしよう。絶対にここで何してるんだとかそういう話になる。そしたら暇なんで誰かが残したエロ本読んでました、とでも言うのか。そんなの絶対にクビになる。まずい。絶対にまずい。

茂みをかきわけ、恐る恐る覗き込んでみると、そこには高橋さんが佇んでいた。高橋さんは僕より年上のご老人で、非常に温厚なことで知られている。そこまで口数も多くなく、いつも暇そうにしているお方だ。こう言ってしまったらすごく失礼かもしれないけど、なんとなく僕と同じ匂いのするいわゆる仕事のできないお方だ。僕は見つかったのが高橋さんであったことに安堵した。

「なにやってんだ?こんなところで」

高橋さんは即座に口を開く。さすがにエロ本読んでいた、それも読者の投稿コーナー、タイタニック平岡の投稿、とは口が裂けても言えない。

「高橋さんこそここでなにやってんですか?」

僕は誤魔化すように質問を投げかけた。高橋さんは少し周囲を見渡すと、少し悪戯な表情で笑いながら

「なあに、あんまり暇なもんで散歩をな」

と言った後に立てた人差し指を口元に運んだ。なんだか妙な親近感を覚えて安心してしまった。僕だけではなかったのだ。

「ちょっと散歩してたら、蜂が見えたからな、どこかに巣があるはずと思って探してみたら、ほれ」

高橋さんは木の上を指差した。

「あれ、蜂の巣ですか?」

見ると、木の枝分かれしている根元の部分に、変な性病でチンポコにできたコブみたいな丸い物体が、ブスな女の脳みそみたいな物体がしがみつくようにぶら下がっていた。

「ああ、そうだ」

瞬時に嫌な記憶が蘇る。あれは高校生の頃だっただろうか。クラスのイケてるグループに属する女子軍団が、これまたイケてるグループに属するイケメン男子軍団に、「女子更衣室のところにハチの巣があるから何とかして欲しい、怖い」と頼んでいるのをイケてない男子であるところの僕は眺めていた。

イケメン男子はどもは「よっしゃまかしておけ」と言い、腕まくりしながら教室を出て行った。どうせ蜂の巣の駆除に成功した暁には「抱いて」とかなって、グループ内で色んな男に抱かれまくって八の巣にされるんだろうなんて考えて、上手いこと言ったなどと一人でニヤニヤしていた。

そこにクラスのブスで地味なグループがやってきて、何故か僕に「私たち美術部の部室の前にハチの巣が出来てるから何とかして欲しい」と頼んできた。イケてるグループはイケてる男子に、ブスはイケてない男子である僕に頼む。クラス内のヒエラルキーは、正しくハチの世界そのものだった。

ブスとは言え、女子に頼まれて舞い上がってしまった僕は、ハシゴとビニール袋を借りてきていざ鎌倉へといった勢いで美術部部室へと向かった。そこには、見まごうことなきハチの巣が存在していた。窓の外にぶら下がる大きな大きなハチの巣。この時ばかりは、なんでこんなになるまで放っておいたんだ!と怒る歯医者さんの気持ちが少しわかった。

僕はハチの巣なんてあの小さいパラソルみたいなものを想像していた。けれども、目の前には乳幼児の頭部くらいはありそうな、ちょっと笑い話にもなりもしないレベルのハチの巣。これはいくらなんでも素人がどうこうできるレベルを遥かに超えてる。放射能扱う人が着る服みたいなのが絶対に必要だ。

それでも、やると言ってしまった手前、処理しなくてはならない。はしごに登り、巣に手をかける。明らかに何かを察したハチが大量に出てくる。右腕に激痛が走る。たぶん刺された。おそらくスズメバチではないようなので大丈夫そうだが、かなり痛い。あまりの痛みに手を引っ込めると、そのまま巣が外れてゴロンと下に落ち、バウンドしたかしなかったか忘れたけど、そのまま美術部の部室の中へと吸い込まれるように入っていった。

そこからはもう、怖くなって見ずに逃げ帰ったので伺い知ることはなかったけど、幸い、部室には誰もいくて大事には至らず、ただ僕が美術部にハチの巣を投げ込んだテロリストみたいな扱いになっただけだった。ハチの巣を見ると、あの時の刺された痛み、そしてハチの羽音、そしてブスたちの冷たい視線を思い出す。れっきとしたトラウマというやつだ。

「大変じゃないですか!駆除しなきゃ!僕、ハチの巣コロリ的な殺虫剤買ってきますよ!」

トラウマが蘇りつつある僕は大声で高橋さんに話しかける。それどころか、一刻も早く駆除したくて、いてもたってもいなくて今にも走り出しそうな勢いだった。

「まて!」

そんな僕を高橋さんは右手で制する。落ち着けと言わんばかりの険しい表情だ。

「早く駆除しないと!」

ちょっとパニック気味になっている僕。全く話を聞く様子がない僕に高橋さんが落ち着いて、諭すように話し始めた。

「あれはニホンミツバチの巣だ。ニホンミツバチは余程のことがない限り刺さない。焦って駆除するより、自然の状態を守ることも大切だ」

僕も後で調べて知ったのだけど、日本に生息する数あるハチの種類の中でニホンミツバチはかなり温厚な種類になるらしい。巣が攻撃されるなどの余程のことがないかぎり人を襲うことはないらしい。そんな危険性のないハチの巣を焦って駆除する必要はない、むしろハチがいなければ受粉ができない植物があったりと、困ることだってある。そんな高橋さんの考えだった。

「なんでも排除すればいいって問題じゃない」

その言葉は深かった。確かに、ハチの巣はビジュアル的に恐怖感満載で、圧倒的に畏怖するようできている。それは、ハチが危険なものであると僕らの本能に刻み込まれた記憶故のことだろう。しかし、あまりの恐怖に狂ったようにヒステリックに駆除する必要はないのだ。ハチにだって役割はある。こんな誰も通らない必要ない敷地の茂みの中、それも危険性の低いニホンミツバチ、いたずらに彼らの住処を脅かす必要はないのだ。

同じことが僕の置かれた状況にも言えるのかもしれない。世間では勝ち組だ負け組だの大合唱が続き、効率化の名の元に様々な改革が行われてきた。そんな中で「仕事ができない奴は無駄」という風潮が確かに存在する。どんな職場であってもきっとそうだろう。それは確かにその通りで、完全にごもっともなのだけど、仕事ができない僕なんかはその言葉だけで存在を殺されたに等しい。

けれども、このハチの巣だって無闇やたらに排除していいもんじゃない。それと同じで、仕事ができない人間を無闇に排除しても良いものだろうか。僕が言えた義理ではないけど、きっとそれは良くない。仕事ができなくたって、必ず別の何かの役割があって存在を許されてるんだ。

高橋さんの優しい表情は、僕のことを見透かしてそう言ってくれているような気がした。このハチの巣も、有り余った職場の敷地も、誰も存在を忘れている倉庫も、打ち捨てられた横断幕も、エロ本も、タイタニック平岡も、僕も、みんな不必要に思えるかもしれないけど、闇雲に排除して良いものじゃないんだ。そう、僕らは存在していていい。僕も君たちも、存在していていい。きっと僕らはどこかで役に立つのだ。

なんだか救われたような気がして、僕は溢れる涙を堪えることしかできなかった。吹き抜ける風、揺れる木々のざわめき、踊るニホンミツバチ、高橋さんの笑顔、全てが優しさに満ち溢れていて、否定されるべき存在などこのようにないと強く思ったのだった。

とまあ、ここで終わっていればなかなか前向きな日記になっていたんでしょうけど、問題はここからです。

職場での会議の席でした。ある若手のホープというか、中国の経済進出みたいな感じで目覚しく台頭してきた若手社員のバリバリ仕事できる方が、会議の席で発言したのです。

「実は、倉庫の近くに大きなハチの巣があるのを発見しまして、非常に危険なので駆除していただかないと……」

彼はよく通る声でそうハッキリと言いました。

「そんな倉庫あったか」

「ああ、あそこにあったあった。いらないもの入れてる倉庫!」

会議に出ている面々はやはりあの倉庫の存在自体を覚えていない様子。しかしながら説明されてやっと思い出したようでした。

「それはいかん、危険だな」

「一刻も早く除去しなきゃならん」

「業者に頼むと金がかかりますよ!」

もちろん、「ハチの巣」という響きだけで会議の面々は危険と判断し、「除去やむなし」といった声が高まってきます。けれども違うんです。あのハチの巣はそこまで危険ではない、おまけにエロ本を読みに行くエロガッパくらいしか通らない場所、そこまで無理して除去する必要はないんです。

このままではあのハチの巣が除去されてしまう。僕は焦りました。あのハチの巣と自分を完全に重ね合わせていましたから、それが撤去される。それはまさしく僕の存在そのものを否定されかねないことでした。

僕は視線で会議の席に同席していた高橋さんに訴えかけます。これは戦争です。僕ら仕事ができない人間を排除する動きです。あのハチの巣を撤去させていはいけない、守らなくてはならない。なんでも排除すればいいってもんじゃない、あの時のようにそう発言して欲しかったんです。

しかし、高橋さんは何も言わず押し黙っているままだった。俯きながら、何かを必死で堪えている様子だった。そんな高橋さんを見て、僕はハッとなった。そう、おそらく高橋さんも同じ気持ちで、あのハチの巣の除去を阻止すべく発言したいのだ。ガツンと、なんでも排除すればいいってもんじゃない、と言ってやりたいのだ。

けれども僕も高橋さんも仕事ができない部類の人間だ。職場という社会では、仕事のできない人間に発言権はない。多分、この場でどんなにハチの巣の危険性のなさを説いたとしても、聞き入れられることはないだろう。それが分かっているから、高橋さんは押し黙っているのだ。

もうだめだ。きっとあの巣は除去されてしまう。それは即ち僕ら仕事ができない人間への否定だ。いつか僕らも同じように「除去」されるだろう。それが社会の仕組みなのだから。

諦めの境地に近い感情が芽生える。最後にもう一度、高橋さんに目をやると、高橋さんはおもむろに挙手し、何かを発言しようとしていた。その眼差しはなにか決意めいたものを感じた。彼は言う気だ。あのハチの巣を守るため、僕ら仕事ができない人間を守るため、彼は決意したのだ。

「ん!?どうしたの高橋さん?ああそうだ、高橋さんそういうの得意でしょ、ハチの巣除去してくれませんかね?若い社員何人か使っていいから高橋さんの指揮で」

発言しようとする高橋さんを遮って偉い人が言った。馬鹿にするな。高橋さんは僕らを守るために今から発言するのだ。そんな提案に乗るわけがない。

「はい、おまかせください!」

どうやら「若い連中を指揮する」という言葉が高橋さんの自尊心を刺激したらしく、久々に任された大役に発奮してしまったようだった。

最終的に、あれほどハチの巣を守ることの大切さを説いていた高橋さんが、

「焼き払えー!」 みたいな感じで大ハッスルでハチの巣の除去をしていた光景を目の当たりにし、おいおい、さすがにひでえよと思いつつ、悲しむことしかできなかった。もしかしたら、僕らは存在していてはいけないのかもしれない。

ちなみに、倉庫のあのエロ本は偉い人に見つかって大問題になって犯人探しが始まったのだけど、高橋さんの物だったらしく、すごい問い詰められて彼ははいつのまにか別の土地へと飛ばされていった。倉庫も撤去され、あのハチの巣もエロ本も倉庫も高橋さんも、もうここには存在しない。なんだか心にポカンと穴が空いた気がした僕は、存在しなくていいものなんてきっとない、僕が寂しいのだから、そう思った。


5/30 090-5240-8218

緻密に練られた犯罪はある種の芸術だと思っている。

もちろん、犯罪行為自体は必ず誰かを悲しませるもので、決して褒められたものでも勧められたものでもなく、忌み嫌うべき存在であることは確かなのだけど、その行為自体には非常に興味を惹かれることがある。

犯罪は悪いことだ。そんなのは当たり前だが、不謹慎を承知でその「悪」という額縁を除いて見てみると、そこに見え隠れする人間としての本質、感情の動き、社会の動向、そんなものが的確に把握できるような気がする。

粗暴な犯行はダメだ。通りすがりに殴った、通りすがりに盗んだ、通りすがりに痴漢した、そこに人間としての本質も、やり取りする感情も、もちろん社会の鏡としての意義もない。ただただ犯罪であり、そこに芸術性はない。

その反面、もう何度も言うけど、絶対にその行為を勧める訳ではないのだけど、例えば「母さん助けて詐欺」なんていう、ちょっと稲葉さんの頭が狂ったらB'zのシングル曲のタイトルになりかねない名称に変わった「オレオレ詐欺」「振り込め詐欺」なんてものすごい考え尽くされているんですよ。

「おれおれ、車で事故っちまってさ」なんていう文言から始まるこの種の詐欺、ターゲットにしているのは人間の感情です。人間の持つ、身内を思う感情とパニック時の感情を巧みに操って人心を掌握、金を振り込ませるわけです。

そうなると彼らも考えるわけですよ。どういう話をしたら相手がパニックに陥るか、相手が不安に駆られるか、お金を出してもいいと判断するか。普通にアルバイトしたほうが全然いいんじゃないかってくらいに考え抜くわけです。

そんな詐欺も最初こそは荒稼ぎできるのですが、次第に注意喚起がなされ、成功しにくくなります。連日のように「オレオレと電話がかかってくるオレオレ詐欺に気をつけましょう」とテレビなどで報じられると、多くの人々が警戒するようになります。

すると、詐欺を働く人々はまた頭を働かせるわけです。「オレオレ詐欺に注意しましょう」って言われてるなら「オレオレ」って言わなきゃいいんじゃないか?「ボク、ボク」「俺だけど」みたいな言葉に変わるわけなんです。ビックリするかもしれないけど、これだけでこれはオレオレ詐欺じゃないと思われて爆釣だったみたいです。

もうこうなったら「金を振り込め」って言ってくる詐欺自体を撲滅しようと「振り込め詐欺」と名称を変えて、金を振り込めって言ってくる詐欺に気をつけてくださいって注意喚起して、さらに振り込む金額にまで上限を設けて対応しても、今度は「手渡しでもってきてほしい」「代理の者を行かせるから渡して欲しい」と振込を使わない手法にスライドしていくわけなのです。

今度は「母さん助けて詐欺」っていう頭の狂った稲葉さんが「マザーヘルプ!」ってシャウトしそうな名称に変わったので、文言が「母さん助けて」から「母さんを助けるために金が必要」とかに変わりそうな気がするのですが、とにかく、彼らは頭を使って考えているわけなんです。

さらに彼らは社会動向にも機敏に目を光らせています。いかにこれを騙しに使えるか、いかに説得力のある話に持っていけるか、そういった視点で日々のニュースや話題を激しくチェックしているわけなんです。

例えば、昨今騒がれている「アベノミクス」なんて言葉にも敏感に反応し、いち早く詐欺に取り入れて「アベノミクスを加速させるために政府がお金を配っている。保証金さえ払って頂ければ何倍ものお金をお渡しできる」ですとか、メタンハイドレードが騒がれれば「その権利を売る」などなど、とにかく人々の心に染み入りやすい旬のワードを出してくるんです。

人として褒められて行為でないのは確かなんですけど、これはもう芸術だと思うんです。人間の感情の動きを読んで、社会の動きも読む、それを踏まえて「人の気持ち」を考えて理解する。単純なように見えて様々な段階を踏まえた詐欺なんだと思うんです。

それでもって爆撃のように電話をかけまくる、頭脳と根気が必要、おまけに逮捕のリスクまで。ここまでやるくらいなら絶対に真面目に働いたほうが良いと思うんですけど、彼らはそれをしない。あえて詐欺という戦いのフィールドに身を置いて日々戦っているのです。まあ、芸術性はあるけどバカなんでしょう。

ここまで頭を使って考え込まれた詐欺ですから、もちろん、詐欺を仕掛けられた瞬間に頭脳戦は始まっているのですが、実際にはそうではありません。なにせ詐欺を受ける側ってのは心の準備が出来てませんし、そもそも頭脳戦という意識がありません。

結果、何も考えずにホエーっとノリで素人モノのエロビデオに出てしまったギャルみたいな感じで何も考えずに騙されてしまうか、それとも「そんなもんには騙されませんぞ」などと全然話を聞かずに拒絶するかどちらかだと思うんです。誰もこの種の電話を頭を使って受けたりしませんし、ましてや頭脳大戦を繰り広げるなんてことはありえないのです。

かく言う僕もこういった詐欺電話が度々かかってくるのですが、もう頭使うのも面倒で

「ですから、アダルトサイトの使用料94万円、一部でも払ってもらえませんかねー」

なんて典型的詐欺電話に鼻くそほじりながら

「わかりました。払います!」

と返答。興奮した詐欺師が

「ほんとっすか!いくら払ってくれるの!?全額!?」

とかスパークしてるとこに

「イチブトゼンブ」

とか、全く頭を使わない対応をしているわけんです。けれどもね、これって良くないじゃないですか。相手はバカですけど死ぬほど頭を使ってきてるわけなんです。相手がやってるのは犯罪ですけど、死ぬほど根気のいる作業をやってるわけなんです。芸術と呼べる域まで達したこれらの行為に対して適当な対応をする。それって結構失礼だと思うんです。

いやいや、皆さんはこんな詐欺に耳を貸す必要なんてなく、全然無視するべきなんですけど、ちょっと僕は事情が違うじゃないですか。僕はこのNumeriというサイトをやってきて様々な悪徳業者と戦ってきた。時に傷つき、時に悲しみ、そして笑顔をもたらしてきた。戦っていはいるものの決して憎しみ合っているわけではなく、どこか心を許し合いながら戦っている。言うなればトムとジェリーのような関係だ。そんな関係性の僕が彼らの作り出す芸術を無下にしてはいけない。

例えば、やったことないんですけど僕、スカッシュってスポーツが日本代表レベルで上手なんですけど、その僕に憧れて死ぬほど練習してきた中学生がいて、対戦する時に僕が中学生だと思ってめちゃくちゃ手を抜いたらどうしますか。それって失礼でしょう。中学生も悔しくて泣いちゃいますよ。だから相手が本気で頭脳戦を仕掛けてくるのならばこちらも本気で頭を使って迎え撃つ、それが礼儀というものなのです。

けれどもね、ここで一つ問題があるんです。相手の頭脳的な詐欺電話に対してこちらも頭脳戦で迎え撃つ、っていうのは趣旨としては素晴らしいんですけど、そもそも頭脳戦ってなんなのよって部分に考えが至ってしまうのです。

詐欺の脅威が迫ってきた場合、頭脳戦を展開して何をするかと言えばもちろん「騙されないようにする」なのですが、それって普通に当たり前じゃないですか。詐欺電話がかかってきた、騙されないように頑張る、そんなの当たり前です。「ワタシってサバサバしてるってよく言われるのよねー」っていってる女が例外なくブスなくらい当たり前なんですよ。サバみたいな顔しやがってからに。

とにかく、そんな当たり前の頭脳戦では互いに昇龍のようにお互いを高めあってきた僕と悪徳業者の戦いにふさわしくありませんので、僕の方に特別ルールを課して戦いたいと思います。題して、「詐欺業者に言ったら勝ちよゲーム」。

ルールを説明します。まず、詐欺業者に電話をかけます。向こう側は何とか僕の個人情報を聞き出そう、詐欺にはめてやろうと言葉巧みに叩きを挑んできます。その言葉を躱しつつ、あらかじめ決めておいた3つのキーワードを違和感なく相手の業者に言えたら勝ちとします。

いかがでしょうか。これならばいかにしてナチュラルに指定ワードを盛り込むか、という頭脳戦になります。僕の頭脳と話術、強運が試される絶好のバトルフィールドとも言えます。

ということで、早速3つのキーワードをチョイスします。ここは大切ですよ。やはり言いやすいキーワードだとかなり後の展開が楽になりますからね。「振込」「お金」「犯罪」とか詐欺にまつわるワードがチョイスされようものなら圧倒的な勝利が確約されているようなものです。本棚からランダムに選んだ3冊の書籍、適当にページを開いて最初の単語をピックアップします。

「生命保険」「代紋」「大麦若葉」

言えるか、バカ。

いやいやいや、生命保険、代紋は難しいながらも言えないことはなさそうなんですけど、さすがに大麦若葉は不可能だろ。どうやっても詐欺との戦いで「大麦若葉はビタミンが豊富で健康に良く」なんて挟み込めない。絶対に挟み込めない。これは早くも苦戦が予想されますぞ。

次に、詐欺業者を選定します。昨今では、悪徳業者相手におちょくるエンターテイメントが盛んに行われている現状がありまして、業悪徳業者側の警戒度が高い傾向にあります。こういう言い方が適切ではないことは分かりますが、悪徳業者も真面目に詐欺やってるんです。僕らのような人間の相手をしている暇はないのです。

ですから、僕らみたいなのがおちょくってやろうと電話をかけてみたところで、ほとんどが20秒くらいでガチャっと電話を切られてしまいます。こっちは万全の体制でネタを仕込んで電話しているというのに、ガチャ切り、なんだか毎回見せられるプロゴルファー石川遼クンの新しい髪型を見たときのような切ない気持ちになるのです。

とまあ、相手してくれる悪徳業者を探すだけでもかなり骨が折れるのですが、そこは長年の実績を誇る信頼のNumeriですよ。ちゃんと良さそうな悪徳業者をキープしておりますがな。野蛮でいて熱しやすい短気。それでいて金に対する執着は凄まじく、どんな手段でも使ってくる、そんな悪徳業者をキープしておりますがな。

元々は意味不明な封書を僕の職場に送ってきて、大変貴重で幻想的な絵があなたに当たりました無料で送りますので!なんて言って個人情報を聞き出して法外な値段で売りつけようとしてきた業者なのですが、連絡先の電話番号に電話すると担当の大口君がでてくれるんですけど、これがなかなかどうして、非常に将来有望な若者でしてね、僕のどんな話でも激昂しながら聞いてくれるんです。

普通だったら、訳わかんないから叩き切っちゃうような内容の話題でも激怒と共に聞いてくれまして、絵画を買う買わない以前に、「ぐりとぐらが絡み合う薄い本の存在」という僕の意味不明なテーマトークにも「お前いい加減にしないと殺すぞ」と激怒しながら聞いてくれるのです。すごい優しいよ。

ということで、この法外な絵画を売りつけようとする業者の大口君。名前の通り結構ビッグマウスな彼を相手に非通知で電話をかけ、「生命保険」「代紋」「大麦若葉」の三つのキーワードをナチュラルに言えたら僕の勝ち。その前に電話を切られたら僕の負け、こんなルールで戦ってみたいと思います。絵画詐欺を舞台にした衝撃の頭脳戦が今、始まる。

プルルルルルルル

「はい、もしもし」

相変わらず彼は少しヒソヒソ声で電話に出る。おまけに名前も会社名も名乗らない。これはある程度定番で様々な詐欺行為を同じ電話番号を用いて行っている業者にありがちなパターンだ。

「あ、もしもし、あの何か手紙が届いたんですけど。高価な絵画をくれるとなんとか。それで興味があるなら連絡しろってあったもんで」

ちょっと戸惑いつつも絵画に興味ありといった雰囲気を醸し出します。こんな感じでここに電話するのも4回目くらいなんですけど、全然気づいてくれない。

「あ、はい。当選された方ですね」

と、いつも通りの展開。ここから当選したけど絵を受け取るには事務所まで来て手続してもらわないといけないとか、そういう王道的なストロングスタイルの懸賞詐欺が展開されるのですが、まあ、この辺は省略します。それじゃあ事務所まで取りに行きます!はい、お待ちしております!ガチャリ!では負けになってしまいますのでなんとか話を引き延ばします。

「いやー、でもちょっとそちらにお伺いする暇はなさそうなんですわー」

すごく行きたいのに多忙である、とても残念だという雰囲気を醸し出します。これだけ全然食いついてきますから。

「お仕事がお忙しいんですねー」

「いやー、CEOなもんで海外とかが多くてですねー。明日からもアフガニスタン出張ですし」

相手に舐められてはいけないという僕の思いが「CEO」などという自分をどんなレベルの高みに設定しているのか皆目わからないホラを繰り出させます。アフガニスタン出張ってなんだそりゃ。

「海外も良いですが、絵画にも興味ございませんか?」

お、やるじゃん大口。海外と絵画をかけてくるとはこりゃ一本取られたね。

「そりゃ興味はあるよ、君ぃ。当たり前じゃないか」

ちょっと僕のキャラ設定が訳の分からないことになってるんですけど、そろそろ第一のキーワード「生命保険」をナチュラルに言えるように移行していかねばなりません。

「実は今回ご当選された絵画は極めて小さいサイズのものでして、本当はもっと大きく価値のあるものを購入する権利にも当選されているのです。絵のサイズが2倍になれば価値は20倍にもなります。いかがでしょう、ご購入されませんか」

なるほど、本来ならこれはノコノコと事務所に当選品を受け取りに行ったら監禁に近いことをされて聞かされる話だろう。しかし、こちらが金持っぽい振る舞いで絵画にも興味ありと踏んで勝負にでたか!大口。

「いやね、そりゃもちろん価値のある絵を買うのはやぶさかではないよ。けれども値段が分からなないものをおいそれと買うわけにはいかんよ、君ぃ」

僕のキャラ設定が何を目指してるのかさっぱりわからず、僕の中でCEOってこんなイメージなのかと愕然とするのですが、ここら変で値段的な核心に迫ります。カクシンニセマラナイデとか言われそうです、一気に畳みかけます。

「ズバリ申し上げます!今回お勧めする作品は80万円でございます!」

コイツは僕に80万円のイルカの絵を売りつけようとしてんのか。とんでもない悪人だな。今の僕が80万円の絵なんか買おうものなら飯も食えず餓死する。イルカの絵を抱いて餓死する。つまり大口のこの所業は詐欺というより殺人に近い。とんでもないやろうだ。

「80万なんか払ったら俺、餓死しちゃうよー、それとも餓死して生命保険で払う?ガハハハハ!」

80万円払えないCEO、80万円払ったら餓死するCEO。さらにキャラ設定が迷宮入りですがこれで一つ目のキーワード「生命保険」を極めてナチュラルに言うことができました。ひっつ目クリアーです。続いて二つ目「代紋」を目指します。

目指すとは言ったものの、皆さん、落ち着いて考えてみてください。普通の生活を営んでいて「生命保険」って言う機会はあるかもしれないですが、「代紋」は言う機会がないですよ。反社会的組織の人、いわゆるヤクザ的な人が背負ってらっしゃるものざんしょ?これをナチュラルに口にするのはなかなか難儀ですよ。

こりゃ喧嘩腰な感じになってこないとなかなか乱暴なキーワードはですからでてこないですから、ちょっと小バカにした感じで喧嘩を吹っかけてみます。

「でもさー、その絵画って本当に80万円の価値あんの?そもそも絵画じゃなくて版画みたいなものなんじゃないの?」

「いえ、高名な評論家も価値を認める品です。間違いありません!それに絵画の世界では80万円はお安いですよ」

と、大口君は丁寧に応対してくれるのですが、それでもしつこく

「なんか詐欺っぽいなー」

とか言い続けていたら、さすが瞬間湯沸かし器の異名を持つ大口君です。何度も何度も詐欺なんざんしょ?ってネチネチと言いまくってたら完全にブチンときたらしく。

「テメー!死んだぞ!!」

殺すぞでも死ぬぞでもなく過去形。彼の中では僕を殺害済みと錯覚するくらいお怒りになってくれた様子。

「おい、テメー電話番号教えろや!殺したるからよー」

さすが大口の名に恥じないビッグマウスっぷりですが、どうやら怒りに乗じて僕の電話番号を聞こうという算段らしい。なるほど、ここまで怒っていても個人情報を入手して詐欺にかけることを忘れない。この執念はもう芸術の域ですよ。ここまで来たら電話番号教えてもっとヒートアップして欲しいものですから、僕の電話番号じゃなけど、こういった場面で自由に教えて良いとされている禁断の電話番号を教えておきます。さすがに電話番号をモロに書くのはまずいので一部伏字で書きますけど、

「○9○-5240-8218です」

そう冷静に告げると、大口君もさすがに素直に携帯番号を言うとは思っていなかったらしく、一瞬面食らったような「グゥ」みたいな音を出したのですが、すぐに我に返って

「その番号からお前の個人情報抜き出してヤクザ向かわせるからな」

さすが大口の名に恥じない感じなのですが、あのですね、もう平成になって20年以上が経過してるわけですよ。そんな世の中にあって個人情報抜き出してヤクザ向かわせるぞですからね、今の時代にIP抜くぞって相手を脅してるようなもんで、何の恐ろしさもない。僕の番号じゃないし。ヤクザでもシーシェパードでもなんでも向かわせて欲しい。

ヤクザの名前を出して脅すだけで「暴力行為(団体仮装脅迫)」みたいな感じで逮捕もんなんですけど、今回はそれが目的ではありません。あくまでもキーワードを言うのが目的です。そう考えるとヤクザが出てきたのはありがたい、非常にキーワードが言いやすい。

「そんな、代紋をちらつかせて脅そうとしても無駄ざんす!」

CEOっぽい口調で話さなきゃって未だに思ってるらしく、訳の分からない口調になっていますが、これで二つめのキーワード「代紋」クリアです。まさかここまでナチュラルに言えるとは思えなかった。

さて、ついに二つのキーワードをクリア。ここで最大の難所である「大麦若葉」と対峙することになります。いくらなんでもヤクザがどうこうヒートアップしているバイオレンスな場面、どう考えても若葉に出る幕はない。

そこで思ったんです。今はかなり僕力的内容ですけど、話題がもっと家庭的で和やかな感じになってきたらどうでしょうか。もしかしたら家庭的な話題から自家製ハーブの話に移ることができ、その際にコソッと「大麦若葉」といけるかもしれません。しかしながら、一体全体、ここまでヒートアップしてる相手をどうやって家庭的な話題にシフトするか。

あのですね、女性にはわからないでしょうけど、男の心の中には必ず特別な女性が一人います。どんなに野蛮な人だろうが、どんなに強力な権力を持った人だろうが、どんなにダメな人だろうが、必ず心の中に一人の女性がいます。それが母親です。

どれだけ取り繕うとも、どれだけ酷い母親だろうとも、母親の顔を見たことがない、そんな場合でも母親とは特別なものです。このビッグマウス大口だって、母親の話題を出されたら怒りの矛をおさめて家庭的にならざるを得ない。そこで僕は突如母親の話題を出す作戦に出ました。

「母さん!助けて!」

これが母さん助けて詐欺です。

「母さんじゃねえよ!殺すぞ!」

「ごめんなさい。お母さんと間違えました。小学校の時とかよくあったじゃないですか、先生とお母さんを間違えるとか」

「俺は先生でもねえよ。殺すぞ」

大口くん、殺すぞって言いすぎて言い慣れちゃったのかちょっとトーンが落ち着いてきてさっきまでの暴力的な感じがなくなってきてるんですけど、もしかしたらこれは「お母さん」という単語で彼の中の家庭性が起き上がり、落ち着きを取り戻してきたのかもしれません。これはいけるかもしれない。

「そういえば、同僚の若林くんのお母さんが、体に良いからって5リットルくらい青汁を差し入れしてくるんですね。それがすごいまずくてまずくて、嫌がらせの領域で」

いける。このままいける。極めてナチュラルに青汁の話題にシフトできた。青汁には大麦若葉が入っているやつもある。この調子で一気に畳み掛けられる!

「その若林のお母さん、絵画とかに興味ないのか?」

マザーヘルプ!おそるべし大口。まさか若林くんのお母さんにまで絵画を売りつけようとするなんて。これですよ、これこそが芸術なのです。絵画を売りつけるためだったらなんだってする。その姿勢こそが芸術の域に達した詐欺ってやつですよ。

せっかく青汁から大麦若葉の話題にシフトしようと思ったのに大口のナイスブロック。もうどうしようもなくなっちゃって気が動転しちゃいましてね。早い話、どうでも良くなっちゃいましてね。

「お前なー、絵画とか言ってるけど、それ版画だろ?しかも80万もするわけねーだろ。だいたい、販売する目的を隠して「当選しましたー」って手紙送るの法律違反だし、ヤクザを出して脅すのも立派な犯罪。通報したらお前逮捕されるぞ。本当のお母さんに電話してどうしたらいいかアドバイスしてもらえ。だいたい、誰もこんなバレバレの詐欺で購入するわけねえだろ、もう一度芸術的に練り上げて出直して来い。いくらでも迎え撃ってやる。ガハハハハハハハ大麦若葉

言うには言ったけど、こりゃ負けだろ、負け、負けに等しい。語尾につけるだけなんて顔から火が出るくらい恥ずかしい。さすがに意味不明と思ったのか大口くんはガチャリと「お前の電話に毎日呪いの言葉を送ってやる」と結構ビッグマウスらしからぬ地味な嫌がらせの捨て台詞を吐き捨て、電話を切ってしまいました。ルールに則り、ゲームオーバーです。

今回、この絵画詐欺を巡る頭脳戦において負けてしまったわけなんですけど、その敗因はやはり、詐欺業者の根性だと思うんです。あの、根性に負けてしまった。確かに、キーワードチョイスの段階で「大麦若葉」を引いてしまったのも敗因の一つだと思いますが、やはり負けたのは、あの根性が原因だ。

あの場面で若林クンのお母さんにまで絵画を売りつけようとする根性、これに負けたのだ。僕は冒頭で、緻密に練られた犯罪は芸術だと述べた。けれどもそれは大きな間違いで、緻密さなんていらない。ただ何か一つのことだけを心の中に抱いて一心不乱に打ち込むことこそ芸術なのかもしれない。多くの芸術に緻密さなんてないのかもしれない。あるのは圧倒的に一途な思いだけなのだ。

そう言った意味では、今回の大口くんもまた、芸術だった。決して褒められたことではないし、勧められたことではないし、そこまでするくらいなら絶対に詐欺などに手を染めずに真面目に働いた方が良いと思うのだけど、それでも彼の思いは芸術だった。僕は芸術性で彼に負けたのだ。今度こそは僕も絶対に芸術性で負けないと心に誓った。

後日、本屋にて大口くんが買わせようとしていた幻想的なイルカの絵の画集を立ち読みした。80万円は絶対に高すぎると思うけど、この絵はこの絵で、やはり芸術だった。芸術だったのだ。大麦若葉。


5/11 雑念エンタテイメント

ごく普通に日常生活を送っている場合でも、さすがにこれはちょっとやりすぎなんじゃなかろうか、などと思う場面が多々あります。人間とは例えるならば塀の上を右に左にバランスを取りながら危うい感じで歩き生きていく生物ですから、大きく逸脱する「何か」に対しては必ずブレーキがかかるようにできているのです。

例えばウチの上司は結構ヒステリックでヒステリックブルーかって怒り狂うことが多々あって、僕も何度か怒られたことがあるのですけど、最初は机を叩くとかで怒りを表現しているんですけど頂点を越すと自分でも訳わからなく、どう怒りを表現していいのか分からなくなるんでしょうね、壁にかかっているホワイトボード外し始めたりしますからね。

さすがにそうなると意味不明ですし、ちょっと怒りすぎって感じで二番目に偉い補佐みたいな人が「まあまあ」とか止めに入るんですよ。過去に怒り狂った上司になぜか僕のネームプレートを花瓶に刺すという意味不明なパフォーマンスを魅せられた時も、この補佐の人が止めてくれた。さすがにそれはちょっとやりすぎだろう、そう言って止めてくれた。

こういった、「ちょっとやりすぎだろう」みたいなバランス感覚なんですが、僕はこういったものが異常に好きだ。なんていうか人間が人間たる根拠というか、人間が知的な生物として発展してきた最大の要因であるような気がしてならないからだ。「ちょっとやりすぎだろう」このバランスがあるからこそ人間はここまで進化できたのではないだろうか。

全く競争がない世界は発展を生まない。けれども行き過ぎた競争も互いに潰し合うだけで不毛な結果を生むだけだ。争いつつも適度なところで「ちょっとやりすぎだろう」、いくら争っているとはいえ、これをやったらシャレにならない、そんなバランス感覚が他者を尊重し、尊重され、ここまで人類が発達できたのだと思う。

そういった意味ではこのブレーキは、やり遂げない中途半端なイメージを持ちがちだが、人間が人間たる最も重要な要素なのかもしれない。何事もやりすぎはよくなく、歯止めをかける誰かが必要なのだ。

僕のオフィスでは、ヒステリーな上司が不在の時は比較的ざっくばらんな雰囲気でフリーダム、みんなイヤホンつけて思い思いの音楽を聞きながら仕事をしてるんです。静寂の中、全員がイヤホンつけてカタカタとパソコンに向かっている姿は一種異様なんですけど、かく言う僕も「彼女の喘ぎ声を録音してアップロードする無法地帯みたいな場所」で入手したエロいボイスを聞きながら仕事の興じてるわけなのです。

実は、この状態こそが絶妙なバランスなんです。「ヒステリー上司がいない時だけ」、みんな「イヤホン」で、音楽を聴いている。これこそが絶妙なバランスで、みんな暗黙の了解でそこのバランスの上にのっかっている。ここで誰かが逸脱して、ちょっと調子ぶっこいちゃってヒステリー上司がいる時、とかに聴き始めると、途端にそのバランスは崩れてしまう。たぶん怒り狂った上司にネームプレートを生けられる。

結局、この均衡はすごい危うく脆い砂の城なんですけど、やはりというかなんというか、それを分かってない愚か者が均衡を崩しに来たりするんです。具体的に言うと、最後の砦である「イヤホン」という部分から逸脱してスピーカーで聴き始めたりするんです。

まあ、職場のブスなんですけど、民衆の持ってる嫉妬だとか怒りだとか憎悪だとか、そういった様々な悪感情が少しづつ溜まって澱んだ流れとなり、やがて具現化して人々を脅かす妖怪となった、みたいな感じのブスが言うわけですよ。

「ちょっとー、これ皆で聞きたくない?」

どうやら、その他の、戦で負けて地方へと逃げ延びた落ち武者が無念の想いを抱えながら病に犯されて最後を迎えた恨みの感情が具現化したみたいなブスと、高校最後のバスケの公式戦の前日に足に怪我を負ってしまい、当分バスケは無理だよっていう医者の言葉も聞かずチームメイトにも内緒で試合に出たのだけど、足の怪我が悪化、コートに倒れこんでしまって運ばれた医務室で言われるわけですよ。もうバスケはできないかもしれないって。そんなキャプテンの無念の思いが具現化したみたいなブスの3人で何らかの動画を見ていたみたいなんです。

仕事しろよって思うんですけど、僕も、彼氏が録音した「どこが気持ちいいか言ってごらん」っていう音声を夢中で聞いてますから何も言えないわけで、そこの部分は別にいいんですけど、どうやらブスたち、イヤホンを取ってスピーカーで音声を聞こうとしているみたいなんです。

確かに、イヤホンってやつは一人で聴くためのもので大変便利なのですが、3人で一つの動画を共有するとなると途端に不便な物へと早変わりします。どう頑張っても左右二つにしか分かれないから二人しか聞けず、それだったらもう外しちゃおうぜ、逆にみんなイヤホンしてるから音出しても大丈夫だろう、みたいになっちゃうんです。

本来なら、仕事中にイヤホンで音楽を聴くこと事態が御法度なのですが、絶妙なバランスの上で成り立っていて黙認されている状態なわけなのです。けれどもそれが普通になってしまうと、イヤホンも大丈夫なのだからスピーカーから音出していいだろう、みたいな考えが浮かんできてしまうわけなんです。

「抜いちゃえ抜いちゃえ」

そんな言葉と共にポンっとイヤホンを抜いた瞬間、なかなかの大音量で彼女たちが見ていた動画の音声がオフィスに響き渡ったのです。どうやらジャニーズか何かのライブの様子を収録したDVDでも鑑賞しちたのでしょうか、なかなか軽快な音楽とともにキャーキャーという完成、それらに混じって3ブスのキャーキャーというよりはギャーギャーという悲鳴に近い音声が響きました。

さすがのぼくもこれはちょっとやりすぎなんじゃないの?いままで絶妙のバランスで成り立ってただけなのに、そんなことされるとすべてが崩壊する、そう忠告してやろうと思いましてね、ちょうどカップ焼きそばを作ってましたから、お湯切りをするついでに注意してやろうと思ったんです。だれかがブレーキとなって「やりすぎだろう」と注意してあげなくてはならない。

カップ焼きそば片手にズンズンとブスどもに近づいていくんですけど、ブスどもは動画に夢中なのかパソコンの前に身を寄せ合い、共食いしている時のハムスターみたいになりながら熱中しています。いよいよ彼女たちの横へと差し掛かり、さあ注意するぞ、と欠いたその瞬間、ブスに動きがありました。

「あ、ここ!ここ!ここが最高なの!」

ブスの一人が画面を指差します。漏れてくる音から判断するに、曲の間奏部分のようなのですが、何かが起こるとブスが予言します。他の二人のブスも分かってるのか分かってないのか「うんうん」といった感じテンションがたかまっています。

なんだろう何が起こるんだろう、画面にはやはりジャニーズっぽいアイドルのライブの様子が映し出されているのだけど、なんだなんんだ、間奏の間に何が起こるんだ。テンション高まったアイドルがギター叩き壊したり、デス!デス!とか叫びながらサルの脳みそでも食べるんだろうか、とちょっと僕も画面を見つめてみたんです。

そしたらアンタ、なんてことはない、画面の中のアイドルがラップって言うんですか、ちょっと早口な感じで韻を踏んだ歌詞を棒読みっぽく歌い始めるじゃないですか。歌詞はよく聴き取れなかったんですけど、なんか「お前のマンコ すごくサイコー でもお前サイコ 俺は淫行」みたいなイメージで上手に韻を踏んでました。

なんだよ、よくある、普通のポップスな感じの曲なのに間奏に無理やりラップが入ってくるあれかよ、などとサルの脳みそを食べ始めると思っていた僕はちょっとガッカリしたんですけど、その反面、ブスたちは大歓声ですよ。もうキャー!って歓声じゃなくてオンギャー!みたいな大歓声で下手したらこのラップ聴きながら涙流すんじゃねえかみたいな感じで感動してるんです。

さすがにこのオンギャー!は完全にやりすぎうるさすぎですので、焼きそばのお湯切りの前に注意しようと思ったのですが、そこである衝撃的な考えが頭の中に生まれたのです。

「曲の途中に挟まってくるラップ、すげえ」

ということです。海外ではどうだか知りませんが、日本においては、こうやって曲の途中、特に間奏部分なんかにかなり早い口調でラップが入ってくる曲というのがそこそこ存在します。全部を聴いたことあるわけではありませんが、僕が聞いたことのあるそれらの曲は、だいたいカッコイイ。

なんというか、それまで聴いていた曲調とガラリと変わるだけでも、オッと心惹かれるのに、おまけに早口で韻を踏んでいたりなんかするもんですから、それが一種のスパイスみたいになり、異常にかっこよく見えてしまうんです。

さらに、これはもっと古来から使われている日本の独自文化、演歌に通じるものがあり、演歌の中に登場する「酒や、酒買って来い!」みたいなセリフと同じなのです。ずっと歌という形で間接的に投げつけられていた感情、それが突如セリフという形で直接感情が投げつけられる。暗闇から突如明るい光を見ると何倍にも増幅されて感じる、それと同じなのです。

それまでの流れを突如変えてスパイスにする。そして感情を直接ぶつける。この二つの要素によって曲全体を素晴らしいものに装飾しているのです。そりゃブスどもがオンギャーってなるのもわかるってもんですよ。

そうやって、曲の合間に挟まれるラップが良いものだってのは分かったんですけど、問題はここからですよ。実はこれ、このNumeri日記にも応用できるんじゃないですかね。僕はもう毎日Numeri日記のことしか考えてなくて、出来ることなら毎日書きたいと思っているくらいですから、こう、なんでもすぐNumeri日記に反映させたくなっちゃうんですよね。

特に僕の日記は結構長いですから、こう、淡々と書いていくと途中でダレちゃう可能性がある。そこで間奏のラップ風に挟み込んでビッと日記全体を締める。おまけにダイレクトアタックかってくらいにそのラップ部分で感情をぶつける。そうすることですごく日記が良くなる気がするんです。

ということで、挑戦してみました。ラップそのものを挟み込むのはなかなか難しいので、淡々とした本筋の文章の合間に、感情をぶつけた無関係の文章を挟む。そんなイメージで行きたいと思います。それではどうぞ。

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誰もいなくなった体育館は、さっきまで熱気が嘘のように静まり返っていた。今ままでどれだけの人間がこの体育館で歓喜したのだろう。どれだけの人間が悔し涙をながしたのだろう。そして、どれだけの人々がそんな彼らに歓声を送ってきたのだろう。

この体育館はずっと観てきたのだ。まさしく悲喜交々の人間模様を。

「あっ、ボールが」

芳江は体育館の隅に置かれたバスケットボールを手にとった。係りの人が使い忘れたのだろうか。しゃがみこんでそのオレンジ色のボールを手に取る。床はひんやりと冷たかった。

この体育館の空気は、先ほでの熱気が残っているようで暖かく湿り気がある。しかしながら床はヒンヤリと冷たい。さっきまで感じていた熱気の残りが錯覚でしかなかったことに気がつく。

「重いんだな、バスケットボールって」

軽々しくパスを回し、軽やかにゴールを決める選手たちを見ていると忘れてしまいがちだが、バスケットボールは意外と固くて重い。それはまるでこのボールに賭けてきた多くの人々の想いが染み込んでいるかのようだった。

「えいっ!」

芳江は見よう見真似でドリブルをしてみる。しかし才能がないことは明白だった。すぐに止め、転がらないように体育館の隅にボールを置くと、ゆっくりとロビーへと歩いて行った。

照明の落とされた体育館ロビーはさらに温度が低いように感じられた。ジュースの自動販売機が唸る音だけが聞こえる。冷え切った床に冷え切った壁、なんとも人間味を感じないものだと少し感心した。

廊下を歩いていくと、突き当りに青いドアが見え、その上には「医務室」と書かれたプレートが刺さっていた。芳江はひと呼吸おいて小さく頷くと、ゆっくりとドアノブに手をかけた。

「いま、一番悔しいのは高志だから」

どうやって元気づけようか。そのことばかりだった。芳江は幼い頃からずっと高志のことを見ていた。高志がどれだけ純粋で、どれだけバスケのことが好きだったのかよく知っている。それだけの、高校最後のこの大会に賭ける気持ちは理解していた。

高志がキャプテンとして高校最後の大会直前、不運なことに右足の怪我をしてしまう。練習中のアクシデントだった。それでも高志は笑っていた。

「大丈夫、大会までには間に合わせるから」

その笑顔は幼い頃からよく見た高志の笑顔だった。そう、何かを隠す時、誤魔化す時に高志が見せる、力のない笑顔。まさしくそれだった。だから芳江には気がつくことができたはずだった。高志は何かを隠している。怪我はたいしたことない、試合には間に合う、それが嘘だって見抜くことだってできたはずだった。そうすれば止めることだって・・・。

試合開始30秒。高志はまだボールも触らないうちに突如としてコートに倒れこんだ。そしてそのまま医務室へと運ばれていった。キャプテンが抜けたあとのチームがまともな戦略を立てられるはずもなく、試合は思い出すのも嫌になるくらいの大敗だった。

今一番悔しいのは高志なんだ。一番悲しいのは高志なんだ。なら、私がなるべく明るくして励ましてあげなきゃ。芳江はドアノブに力を込め、ドアを開いた。

ギギギと金属音がし、少し重い扉が開く。消毒液の匂いだろうか、医務室と分かる独特の匂いが芳江の鼻先をくすぐった。

「高志、いる?」

返事はなかった。

「すいませーん」

今度は少し小さい声で、医務室の人でもいないものかと声をかけた。しかし、返事はなかった。

「おじゃましまーす」

少し語尾を伸ばし気味にして声を潜め、なるべく足音を立てないように医務室の中へと入っていく。窓が空いているのか風でカーテンが揺れている。少しだけを歩を進めると、そのカーテンの合間から高志の後ろ姿が見えた。

「なーんだ、いるんじゃん!」

なるべく明るく振舞おうと、いつもより大きく高い声で高志に近づく。普段の高志ならいくら落ち込んでいても誤魔化しながらあの力ない笑顔を見せてくるはず。それをとっかりに励ましていけたら。そんな思いだった。

しかしながら、高志の反応はなかった。俯き、まるで芳江の声が聞こえてみたいに何の反応も見せなかった。

「もうどうしたのよー高志ー、早く帰ろうよ!あ、わかった。足が痛くて帰れないっていうんでしょ。大丈夫、私バイトのお給料も出たし、今日は奮発してタクシーで帰ろう?そうだ、ラーメンでも食べて帰ろうよ、奢るから!」

予想していた以上に高志の落ち込みが深く暗い奈落のようだったことに焦りを感じつつも、芳江は更に明るく振舞った。高志は顔を上げて芳江を見る。芳江は心がざわついた。高志は瞳に大量の涙を溜めている。あの、どんな時でも決して涙を見せなかった高志が、大量の涙を。

「うわーーーーーーーー!」

突如として高志が大声を上げる。まるで発狂したかのように大声を上げ、狂ったように痛めた右足に左右の拳を叩きつけている。

「ちょっと高志、やめて!」

驚いた芳江は高志に駆け寄り止めようとする。それを振り払おうとする高志の拳が芳江の顔に当たり、芳江はロッカーまで吹き飛んで倒れこんでしまった。

「高志…」

心の葛藤が見えた。思いがけず芳江に危害を加えてしまったことに焦ったのだろうか、一瞬だけ正気を取り戻したように見えた。それでもまだ興奮は収まらないのだろうか、高志の息遣いは荒々しい。それでもまだ高志を励まそうと、芳江は右頬を抑えながら続けた。

「でもほら、確かに高校最後の試合は残念だったけど、これで最後ってわけじゃないでしょ。大学に行ったって、社会人になったって、きっとバスケはできるよ。だからそんなに…」

その言葉を遮るように、高志は口にした。

「俺の右足、もう、バスケはできない、って……」

ほいさ!今日はみなさんに是非とも痔の話をしちゃったりしたいわけなんですけど、痔だけにね、ジッとして聞きなさい、なんちゃって。とにかく、皆さんに言いたいね、痔にだけはなるなと、痔にだけはなっちゃイカンと。憧れるもんじゃないよ、痔ってやつは。オジサン、こればかりは痛いほどわかったね。本当に痛かったし。痔ってのはね、あれお尻が痛い病気みたいなもんでしょ。でもね、ありゃ病気なんて生易しいもんじゃないですわ。緩やかな死ですわ、緩やかな死。何がつらいって、そりゃ椅子に座るときとか痛いですよ、照りつくように痛いですよ。俺の切れ痔、俺のイボ痔、塗りつける上質な塩麹、祈りを捧げる増上寺(Hey!Yo!)歌っちゃうくらい痛いっすよ。でも、本当に怖いのは出血。真面目な場面で突如の出血。尻から噴水。ヒステリックに怒られてる時に尻から出血。俺貧血、上司熱血、脳溢血で死んで欲しい(デス!デス!)(ここでサルの脳みそを食べる)

「大丈夫だよ」

今度は芳恵が力なく笑うことしかできなかった。なんて言葉をかけていいのかわからなかった。吹き込む風に大きく揺れるカーテンがまるで夕陽が瞬いているかのように見せていた。

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どうですか、これ。なんかむちゃくちゃビッと 締まったね。高志のバスケをやれない悔しさと、芳恵の高志を思う気持ち、あと痔の痛み、そういうのが尋常じゃないレベルで伝わってきたね。

邦楽でよく用いられるラップ挟み、これは日記にも応用できると分かったことだし、大音量でライブを流すブスたち「ちょっとやりすぎだろう」って注意してやろうと思ったのだけど、今日は見逃してやろう、大切なことを気づかせてくれたし、よくよく考えたらそんなにやりすぎでもないし、と給湯室の流し台で焼きそばの湯切りをしていたら、ブスのうちの一人がやってきて

「さっきおソバ食べてたのに焼きそばまで食べるんですが。ちょっと食べすぎなんじゃないですか?」

と、お前やりすぎだろう、みたいなことを指摘されました。これこそがバランスというやつなのです。そこで僕も格好良いだろうと思い、ラップ調に「さっきおソバ、今は焼きそば、お前のそば、ウンコをするクソ場」って恥ずかしいんで、すごい小さい声で歌っておきました。

ちなみに、この時のブツブツ歌っている僕が気持ち悪くて腹がったったブスがやったのか、また怒り狂ったヒステリー上司がやったのか、単純に僕がいじめられているからか知りませんけど、今度は僕のネームプレートが便所に捨てられていました。

いや、さすがにそれはちょっとやりすぎだろう。僕は力なく笑うことしかできなかった。


3/14 Password of Love

パスワードが怖い。

日本には古くから言霊という考え方がある。単刀直入に言ってしまうと、言葉に宿された霊的な力のことで、言葉にして発した言葉は現実世界に影響を与えるという考え方だ。僕はこの考え方が非常に好きだ。なんというか、とても日本的なのだ。

例えば、結婚式で「別れる」だとか「壊れる」といった二人の破局を予感させるような言葉を口にしてはいけない。受験生に「落ちる」「滑る」といった言葉を投げつけてはいけない。これらは間違いなく言霊的な考え方が基本になっていて、それらの言葉が現実に影響を及ぼすことを危惧している。これが実に日本的だ。

良くは知らないけど、なんかアメリカ人とかだと結婚式とかで平気で「ヘイ、ジョーンとメアリーの仲はまるでオバマのようだね、なんでかってしばらく(バラク)別れないってねHAHAHAHAHAHA、僕は共和党支持者さ!」とかバドワイザー片手にブンブンに飛ばしたアメリカンジョークを言いそうで怖い。

実はこの言霊という考え方、迷信のようなオカルトのような位置で考えられるかもしれないけど、冷静に考えると正しい。例えば、「pato死ね」心無い閲覧者が右側のメールフォームからそんな言葉を僕に投げかけてきたとしよう。別にそんなメールを沢山来るし、中には日課のように毎日送ってくる人もいる。

もちろん、そんなメールをもらって僕が死ぬわけはないのだけど、少なからず「死ね」と思ってメールを送ってくる人はいる、という認識は頭の中にインプットされる。死ねと思っている人がいる、それはほんの僅かだけ僕の行動を制限し、それが結果的にほんの1ミリだけ僕を死に近づけるのだ。それはどれだけ貯まり貯まったとしても影響がないほど僅かなものだけど、確実にそちら側に行動が遷移する。

思えばそれは当たり前のことで、言葉とはもともと単なる喉から発生する音として独立していない。言葉を発するということは必ず意志や気持ち、感情が含まれている。それらを同時に伝えるのだから、それは確実に他所の行動に影響を与える。僕らが考えている以上に言葉とは力を持っているものだから、細心の注意を払って使っていかなければならないのだ。

僕はいつもこの「言葉の力」について考えていて、もちろん何度か日記にも書いたのだけど、やはりというかなんというか、とにかく「言葉の力」は上記のような感情を伴ってのものなのだと痛感している。言わば言葉とは単なる乗り物であり、その中には必ず何らかの感情が乗っている。それが誰かの行動や感情に影響を与え、言葉が実現する力を持っているのだ。大昔の人はそれを知っていて、結婚式などで不吉な言葉をタブーにしてきたのだ。

しかしながら、現代において「言葉の力」は少しだけ様変わりしてきた。ネット社会が発達し、オンラインコミュニケーションを数多く交わすことによって変化が訪れた。もちろん、ネット上で交わされる多くの言葉に多くの感情が含まれていて、現実に発する言葉となんら変わりない力を持ち、感情を載せているのだけど、それとは別に力はあるのに感情を伴わない言葉が台頭してきたのだ。

それが「パスワード」というものだ。

パスワード自体は別に今に始まったことではなく大昔から存在しているもので珍しくも何ともないのだけど、あらゆる行動がネット上で可能となった昨今、その中で個人の権利を認証するためのパスワードの存在は重要性を増している。

誰かと連絡を取ろうとSNSサイトに行けばIDとパスワードが必要だし、本を買おうとネットショッピングに繋げばパスワード、ゲームでもするかとゲームを立ち上げればパスワード、エロ動画でも見るかとエロサイトに繋げば、これ以上再生するにはログインしてくださいとか言われてパスワード、昔に比べて明らかにパスワードの必要性は高まっている。

これはもう、完全にパスワード自体が力を持っていて、あらゆる行動が可能になる「力のある言葉」なのだけど、そこに感情はない。冷徹にパスワードが合致しているかどうか、その判定しかないのだ。僕はその感情がないのに力ある言葉、パスワードが怖くて仕方がない。彼らの持つ冷静な哲学と巨大な力こそ畏怖の対象でしかないのだ。

職場でのことだった。我が職場ではとある社内メール用のソフトを駆使して社内での連絡を取り合っているのだけど、当然のことながら、その社内メールにログインするのにもパスワードが必要となる。セキュリティの観点から長いパスワードを設定し、その内容を付箋等にメモすることも禁止されている。つまり、ある程度長いパスワードを自分で設定し、それを記録していなければならない。

おまけに定期的に変更するように警告されたりなんかして、変更を余儀なくされる。せっかく覚えたのに覚えなおしだ。そういった事情もあってか、ちょくちょくパスワードを忘れてしまった人が出てくる。恐ろしいもので、一切の仕事上の連絡が取れなくなるのだから事態は深刻だ。

「パスワード、忘れちゃったんですー」

すごいブスが僕のところにやってきた。地図で見た時のアリゾナ州みたいな顔の形をしたブスなんだけど、こいつが朝出勤すると待ってましたとばかりに寄ってくるわけなんですよ。なぜか部署レベルでのネットワークの管理者になっているので、パスワード忘れが出た場合は僕が大元の管理者と連絡を取り合うことになっているので、本当に面倒で死にそうなのだけど、ブスの話を聞かなければならない。

「全然思い出せない?」

管理者に問い合わせるのはすごく面倒で、さらに僕がパスワードを忘れたわけでもないのにメガネをかけた管理者にすごい嫌味とか言われてしまうのでできれば問い合せたくない。なんとか思い出して欲しいと願うのだけど、ブスの野郎、ちょっと小首を傾げて考える素振りをするだけで全然思い出そうとしない。

「思い出せないですー」

「パスワードリマインダーは試した?」

本当に問い合わせるのが嫌で嫌で仕方ないので、なんとか思い出してもらおうとパスワードリマインダーに言及する。いわゆる秘密の質問というやつだ。あらかじめ自分で選択した秘密の質問に対する答えを設定しておくことで忘れてしまったパスワードに触れることができるという制度だ。

「なんか設定する時に適当に答え入れちゃって……」

ガックリうなだれるのだけど、実はブスのこの行動、僕もよくやってしまうので責めるに責められない。以前にこの秘密の質問で「母親の旧姓は?」という質問があり、適当に答えを入力した僕は、パスワード忘れで答えにたどり着くことができず、別の方法でパスワードを手に入れて秘密の質問の設定を見てみると、「母親の旧姓は?」「ゴンザレス」になっていた。そりゃ答えられない。

他にも、秘密の質問を設定する時によし、いつもは適当に入力している秘密の質問の答えだけど、今回は真面目に正直に設定するぞ。マジで真面目に答える、さあこい、秘密の質問!と意気込んでいたら「最も親しい親友の名前は?」とか訊ねられて、本気で友達がいない僕は何も入力できずにポロポロと大粒の涙をキーボードの上に落とすことしかできなかった。

そんな事情があったのでこのアリゾナ州にちゃんと設定しておけよとか強く言うことはできず、嫌々ながら所定の申請書類に記入をし、大元の管理者に問い合せた。もちろん、メガネに、「呼吸の仕方は忘れないのにパスワードは忘れるんですね」みたいな、ちょっと良く分からない嫌味を、僕が忘れたわけでもないのに言われ、数十分待つことになった。

一応、この後の流れとしては、ブスが設定したパスワードが僕のところに送られてきて、僕が立会いながらブスのIDでログイン、で、パスワード再設定の画面まで操作してあげて、あとはブスにお任せみたいな形になっていた。

それ自体は別にいいのだけど、問題はブスだ。ログインできるまで仕事にならないから、当然ながらパスワードが届くまでの数十分間、何もできない。よほど暇なのか、アンニュイな顔をしながらカチカチと何度も何度もログイン画面を開いては適当にパスワードを入力する作業を繰り返し始めた。

「IDかパスワードが誤っています。もう一度確認してください」

無慈悲なるメッセージがジャン!という警告音と共に何度も何度も表示される。マジでうるさくて鬱陶しいのだけど、ブスはやめない。何度も何度も適当なパスワードを入力して警告音を出す。

「IDかパスワードが誤っています。もう一度確認してください」

そこに感情はない。ただ間違ってる、そう言われるだけだ。「おしい!」「全然違うよ!」そういった言葉も投げかけてくれない。ただ冷徹な対応がある。巨大な力を持ちながら感情の入る余地のないパスワード。その光景を見ていると、なんだか忘れかけていた大きなトラウマを呼び起こされるような気がしてきた。どうしてこんなにも、僕はこの力あるパスワードを見ていると不安になってくるのだろうか。

それは原初の記憶だったのかもしれない。何度も弾かれるパスワード、無慈悲に弾かれるパスワード、焦燥、孤独、破壊、感情無き言葉は悠然と僕の前に立ちはだかる。そんな記憶だ。

僕がまだ子供だった頃、近所に暴れん坊のガキ大将みたいな男の子が住んでいた。彼は周りの大人しそうな男の子だとか学年が下の子供などを従えてまるで王様のように振舞っていた。力ある者が正義であり、あらゆる暴虐が許される。子供の世界は建前や虚栄がないだけずっと単純で分かりやすい。

一大勢力を築きつつあった彼らは、多くの子供たちの遊びのオアシスである公園までの道、少し荒れたアスファルトで40mほど続く細い路地を封鎖した。路地の左右に積み上げられた木材の上に陣取り、公園へ行こうとする子供たちに片っ端から絡んでいったのだ。

当時はそのガキ大将たち一派の行動を、なんて無意味でなんてはた迷惑な行動なのだろうと訝しげに思っていたのだけど、今考えると彼らの行動は正しい。いや、正しいというよりは当たり前と言うべきか、今なら彼らの行動もなんとなく理解できる。

力を手に入れた者はその力を誇示しなければならない。力ある者はその力を隠してはいけない。力を誇示するということはそれに付随して責任が生じる。例えば、彼らは傍若無人に暴れる力を手に入れたのだから、その力を暗躍させるより何より、通りを封鎖して誇示しなければならないのだ。

それ以上の力を持つもの、例えばもっと大人の中学生だとかが傍若無人に振舞った場合、通りを封鎖するものとして迎え撃たなければならない。迎え撃たずに逃げたとしても、「普段威張ってるくせに中学生が来たら逃げたとんだチキン」と後ろ指さされなければならないのだ。手に入れた力は誇示する、それは責任という観点から多分正しい。

当時の僕はそんなことも分からなかったので、なんて迷惑な連中なのだろうかと少し距離を置き、その公園にも封鎖されている路地にも近づかないようにしていたのだけど、そんな心とは完全に別次元で悲しき事件が巻き起こったのだ。

あれはちょうど今ぐらいの季節だったように思う。日本海側の寒い田舎町でも日に日に温暖になり、日も長くなっていき春の到来を予感せずにはいられない季節。その夕暮れ時だった。公園には近づけないので墓地の横の駐車スペースで遊んでいる時に事件は起こった。

僕は友達四人と遊んでいたのだけど、その時やっていた遊びが、ヨーヨーをビュンビュンと親の仇みたいな勢いで振り回し「パパパパパ!」と叫びながら互いに近づいて行くという、ちょっと頭がどうかしているとしか思えない遊びに夢中になっていた。

子供たちがパパパパ!と叫びながらお互いにジリジリ近づいていく光景は異様であり、墓参りに来た婆さんが驚きのあまり小学校に通報したくらいだった。この遊びは振り回したヨーヨーが相手の頭部にヒットしたら勝ちという、これまた良くわからない価値観で行われていたのだけど、とにかく夢中で振り回し、相手の頭部を狙っていた。

ヨーヨーで頭打っちゃったりしたら脳にダメージがあって危ないんじゃないかって思うかもしれないけど、大丈夫、頭を打つ前からダメージがあるのは分かりきっている。

「パパパパパパパ!」

専門家が見たら何らかの病名を告げそうな勢いで一心不乱にヨーヨーを振り回していると、突如、切れ込むような痛みが僕の腹部を襲った。鋭利な刃物のように鋭い、しかしながら重厚な鈍器のように重く鈍い、そんな表現が適切な腹痛、そう、間違いなくウンコだった。

大変な事態だ。これではもうパパパパとか言ってられない。そんなキチガイじみた遊びに没頭している場合じゃない。僕はウンコをしなければならない。ウンコを出さねばならないのだ。ヨーヨーを投げ捨て走り出す。

この墓場にトイレはない。冷静に頭の中で状況分析が始まる。この腹痛のレベル的にはP4レベル、緊急を要する腹痛だ。家までの距離をおよそ1キロと見積もるとたぶん間に合わない。瞬時に周辺トイレを脳内で検索する。この付近でトイレができる場所、トイレができる場所、迫り来る腹痛の波と戦いながら何枚もの地図と風景が頭の中に去来する。

あった……!

僕の脳の主にウンコ的なものを司る部位は、遂にトイレの場所を探し当てた。現在置かれている状況で最良の選択、それは公園のトイレに駆け込むことだった。そこまで立派な公園ではないのでキチンとした建造物としての公衆トイレが設置されているわけではない。しかしながら、公園の片隅に工事現場に置かれているような簡易トイレが設置されていた。いつもは異臭を放つ汚らしい存在でしかない簡易トイレで、こんなもん誰が置いたんだよなどと思っていたものだが、今となっては救いの神にしか思えない。

あの公園に行くしかない。あのトイレは汚いし暗いし怖いしなんて言っていられない。距離的に間に合う場所はここしかない。僕は走った。公園をめがけて走った。体内のマグマの胎動を感じつつ、全神経を肛門に集中させて走った。

「合言葉を言え!」

公園へと続く路地に差し掛かった時、そんな言葉が聞こえた。野太く、まるで感情のこもっていない無機質な声だった。見ると、路地の脇に積み上げられた木材の上にガキ大将たちの一派が悠然と佇んでいた。その数はざっと10名以上。

「合言葉を言わない奴は通すわけにはいかねえなあ」

それと同時に2名の悪そうな上級生が僕の前方に立ちふさがる。僕は色々な映画で悪役ってヤツを見てきたけど、今だにこの通せんぼをした二人以上に悪い顔をした輩を見たことがない。

「緊急事態なんだから通してよ!」

人生には二つの緊急事態がある。その一つは親などの身内が死んだ時、そしてもう一つはウンコが漏れそうな時だ。そして今現在、まさに後者の緊急事態が到来している。

どんなに子供じみたことをしてもいい。そんなことをして何の得になるのか全然理解できないけど、力を誇示するために道路を封鎖したっていい。でもな、今はそういうこと言ってる場合じゃないんだ。わかるだろ、ウンコが漏れそうなんだよ。お前らだってウンコするだろ?漏れそうになったら困るだろ?

「いいから合言葉を言え」

「わ、わからないよ」

力任せに突破ということも考えたのだけど、相手は上級生も含む力強い集団。小学生横綱みたいなヤツまでいやがる始末。おまけにこちらは完全に手負いの虎、ちょっとした衝撃でドゥルンって感じで出てしまいそうな状況。とてもじゃないが肉弾戦で勝ち目はない。

「合言葉って何文字なの?」

どうやら彼らは仲間内で合言葉を決めていて、それに正解した者のみこの関所を通過できるようにしているらしい。そんな彼らが勝手に決めた合言葉など分かるはずもないのでヒントだけでも貰おうと懇願する。

「それは言えないなあ」

しかし、彼らは容赦なく無慈悲だった。困り果てる僕を見てニヤニヤと笑っている。

「結構長い合言葉だよね」

ガキ大将の腰巾着みたいなお供が笑いながら言う。ヒントは言えないと言ったくせに何故か予想外のところからヒントが出てきた。僕は即座に応えた。

「トイレットペーパー!」

長い合言葉と言われて即座にトイレットペーパーが出てくるあたり、どれだけ緊急を要する事態であったのか理解して欲しい。あと、完全に脳の機能の大半が肛門を絞るように締め上げることに割かれていることが分かる。

「ヨーグルト!」

「りんごジュース!」

「ホットケーキ!」

「烏龍茶!」

「チョコレート!」

その後も沢山思いつく単語を述べていくのだけど、彼らは頑として道を開かない。ニヤニヤと笑い悠然と僕の行く手に立ちはだかった。挙げる単語が徐々に茶色味を増していること自体に、この時の僕の置かれた切迫した状況が伺える。

「全然違うなあ!」

悪者はニヤニヤ笑いながら道を塞ぐ。いつの間にか材木の上にいた面々も下に降りてきて僕の行く手を阻んでいた。強固さが増してやがる。

「お願いだから通してよ!」

僕は脂汗を流しながら懇願した。しかし彼らは譲らない。合言葉を言えの一点張り。全く融通が効かない、聞く耳を持たない。それはまるで離婚する時のアメリカ人女性のようだ。

「う、う、う……うんこ!」

限界だった僕が最後のチャレンジと口にした単語。その単語が口から出ると同時に物語は終焉を迎えた。

1969年8月、アメリカのベセルという街で「ウッドストックフェスティバル」という今や伝説の野外ロックフェスティバルが開催された。主催者の予想を大きく上回る40万人という観衆の半数はチケットを持たない者だった。多くの観衆はフェンスを乗り越えなし崩し的に会場に雪崩込んだのだ。

多くは語らないが、イメージ的には、そんな押し寄せる観衆的な感じで出た。繰り出した。

するとどうだろう。あれほど強固だった番人どもが、まるでモーゼのようにスーっと開けるではないか。何をしても無慈悲に開かなかった強固なバリアがいとも簡単に開けた。これはチャンスとばかりに生まれたての小鹿みたいな感じでデリケートな感じになっている尻や太もものあたりをかばい、公園へと歩く。唖然とする彼らを尻目に、僕は道端に茶色い道しるべをつけながら必死で公園へと歩いた。そしてついにトイレへと到達した。そして気づいたのだ。もう漏らしてしまったあとにトイレに到達してもあまり意味がないことに。

なるほど、もう忘れていたけど、この時の悲しき記憶があるからこそ、僕はこんなにもパスワード入力画面に恐怖するのだ。「情熱若奥様しめ縄ファック!」っていうちょっと良く分からないジャンルのエロDVDをネット通販しようとして、以前登録したIDでログインしようとした時、パスワード違いで弾かれたあの時の得体の知れぬ恐怖、その理由がこれだったのだ。

しめ縄ファックが買いたくて何度も何度もパスワードを入力しては無慈悲に弾かれる。合言葉が言えなくて通してもらなくてウッドストックフェスティバルしてしまったあの時、そして何度も何度もログインしようとしてジャン!って音を出している職場のブス、それらがオーバーラップしていた。原因はあの日の合言葉だったのだ。

ブスはやっとこさログイン祭りに飽きたのか、髪の毛先を弄りながら隣のブスと会話し始めた。

「マジでー、パスワードとかおぼえられなくなーい?」

「覚えやすいのにしたつもりなんだけどなー」

「はやくユウ君の遊びたいよー」

「この間、ユウ君とカラオケ行ったんだけど」

どうやらユウ君はブスの彼氏っぽいんですけど、パスワードの話がいつの間にかユウ君とのノロケ話に。これには隣のブスも苦笑い。というか、仕事の邪魔なんで速くパスワードを入手してコイツなんとかしろ、とアイコンタクトで僕に訴えかけてくる。そんなこと僕に言われましてもと思いながらマゴマゴしていると、あの嫌味なメガネの人からメールにてブスのパスワードが届いた。あとはこれでログインしてあげてパスワード変更の画面までブスを案内すれば僕の仕事も終わりだ。

ネットが普及し、あらゆる面できめ細やかなサービスが可能となった。それは同時にネット上で個人を識別する必要が生じ、ログインをする必要性、パスワードの重要性が増した。今や、何かにログインしない日はないと言ってもいい。それはパスワードを使わない日はないということだ。

言葉とは力を持っているものである。それは単なる情報の伝達だけでなく感情を伝えるものだからだ。しかしながらパスワードは感情のない無慈悲な存在ながら力を有している。そのアンバランスさがなんとも不気味で恐ろしいのだ。感情のないパスワードが怖い。

そんなことを考えながら、送られてきたブスのパスワードを見てみると、なんかローマ字でこんなことが書かれていた。

「ゆうくんのあそこ大きくて大好き」

感情こもりすぎだろ。

確かに長いパスワードだけど、こんなの設定するなんて頭おかしいんじゃねえかあのアマ。狂ってんのか。三千歩くらい譲って設定するのはいいとしても、こんなパンチの効いたパスワード忘れるなよ。

パスワードとは、力がありながら感情がこもっていないから怖いと僕は言った。しかしながら、感情というか、ちょっとよくわからない気持ちを込めたパスワードは時にとてつもない力を発揮するのだと痛感した。

プルプルと震えながらブスのパソコンでログインしてあげると、ブスも猥褻な単語をパスワードにしたのを思い出したのか赤面、それで済んでくれたら良かったのですが、どうやらブス先手を取って、恥ずかしいパスワードを僕に責任転嫁、いつのまにか職場のレディーたちの間では

「女子に猥褻なパスワードを設定したセクハラ野郎」

「ゆう君に嫉妬するあまり猥褻なパスワードを設定した野郎」

「よく社会の窓が開いている猥褻野郎」

と根も葉もない、まあ、最後のは根も葉も幹も全部ありますけど、とにかくとんでもない噂を立てられたのでした。でまあ、レディーたちの「死ねセクハラ野郎」みたいにヒソヒソ会話している声が聞こえるんですけど、すごいよな言葉の力って、こんだけ言われるとちょっと死のうかなみたいな感じになるもの。

なんにせよ、この状況はまずいので、質問をしたらみんなが答えてくれるサイトで相談してみようとアクセスするとログインしてくださいと言われ、随分前にチンコが腫れたんですけどどうしたらいいですか?って質問するためにとったIDで質問してやろうとすると、

「パスワードが違います」

無慈悲なる言葉。やはりパスワードは怖い。とにかく怖いのだ。


1/9 また君に番号を聞けなかった

「この食い逃げ野郎!」

皆さんは全くの他人にこんな言葉を投げつけられたことがあるだろうか。これでもかというくらいにこんもりと感情を込め、剛速球のように投げつけられる、そんな経験があるだろうか。分かりやすく言うとニュアンスとしてはジョンテンタ戦で北尾が放った八百長野郎発言にかなり近い。とにかく、かなり衝撃的な言葉だ。

長い不景気とは言え日本という国はまだまだ豊かで、飽食、そこまで食うに困ることはない世界だといっても過言ではない。昔はもっとみんな食うに困っていて、「食い逃げ」って言葉自体をよく聞いていたように思うけど、最近ではあまり聞かなくなった気がする。みんな「食い逃げ」するほど追い詰められてはいない。

では、そのあまり聞かれなくなった「食い逃げ」、そんな言葉を乱暴に投げつけられたらどうだろうか。おそらく、多くの人が「今時食い逃げって」などと一笑に付すと思うが、その次の瞬間、「そんな食い逃げみたいな真似したっけ?」と過去の自分を思い返してみるはずだ。この一瞬の思い返し、言い換えれば不安とも言える些末な種、実はこれが最も厄介なモンスターなのだ。

この現代日本に生きていて、何も心配事や不安事を抱えていない人なんていない。みんな何かしら心配だし、何かしら不安で、大なり小なり悩みを抱えて生きている。誰だって自分の行動が全て正しいとは思っていなくて、何かしら後ろめたい気持ちを抱えて生きているし、人に誇れることばかりで構成されている人間なんていやしない。誰だって何か心配だし、何か後ろめたい。

そういった漠然とした後ろ向きな何か、この気持ちが大きくなりすぎてしまうと、自分の中に生まれたとんでもないモンスターにあっという間に食い尽くされてしまうのだけど、実は、食い尽くすのは自分のモンスターだけではない。こういった人間の心の弱い部分に付け込む正真正銘のモンスターが大喜びでやってくるのだ。

その最たるものが架空請求詐欺やオレオレ詐欺(振り込め詐欺)などだ。世の中には数多くの詐欺が存在する。これらは実は大きく二つに分けることができる。人の欲望に付け込むタイプの詐欺と、人の不安に付け込むタイプの詐欺だ。

決して前者がマシだとか言うつもりはなく、どちらも詐欺であって卑劣極まりないのだけど、特に後者の詐欺は人が抱える不安の種をつくやり口で、途方もなく卑劣で卑怯極まりない、と言わざるを得ない。決して許してはいけないのだ。

その日も、その詐欺の電話は突如としてやってきた。僕の携帯電話に見慣れない番号から電話。なんじゃらほいとか思いつつ電話に出るといきなり怒号というか罵声というか、とにかく乱暴な言葉を投げつけられた。

「この食い逃げ野郎!」

言葉のアクセント的に関西系の中年男性、もちろん全く身に覚えはない見知らぬ人間だ。世界にはいろいろな電話の挨拶があって、日本では「もしもし」英語圏では「Hello」フランスなどでは「Allo」と言ったりする。けれども、どんなに世界が広くとも、いきなり電話で「食い逃げ野郎!」と罵ったりする国はない。

なんて非常識な人間だろうと思いつつも、その剣幕というか勢いというか、あまりの自信満々っぷりというか豪快さに、こちらも自信がなくなってしまう。なんだか完全に向こうの言い分が正しいといいう錯覚に陥ってしまう。もしかしたら僕は食い逃げをしてしまったのかもしれない。

「く、食い逃げですか?」

そうなると返答もしどろもどろになるもので、例えば最初からこの瞬間に食い逃げと罵倒される電話が来るぞって分かってて準備できてたら違った対応ができたのでしょうけど、なにせ僕、パソコンを「.jpg」で検索して、自分でも忘れているおっぱい画像とかないかなーって悶々としていたくらいですからね。全く心の準備ができていない。

「そう、食い逃げ。あんまり食い逃げみたいな真似しなさんな!」

もう完全に食い逃げしたと決めつけられてしまってるんですけど、さっぱり話が見えません。もう僕もどうしていいのか分からない状態になっちゃいましてね。

「この間のソバ屋でお金が足りなかった件は、あとでちゃんと払いにいきました!」

見知らぬオッサンにソバ屋でお会計の時に財布を開いたら48円しか入っていなかった事件の顛末を赤裸々にカミングアウトする始末。あの時の清楚そうなソバ屋店員の女の子の表情が忘れられない。とにかく、なんで電話口で「食い逃げ!」とか罵倒されているのか全く分からないのですけど、その理由が次に判明します。

「あのね、もう記録もデーターも録音も全部収集済みだから。職場やおウチに送りますよ!」

「それじゃあね!食い逃げ野郎!言っとくけど食い逃げって犯罪だから!」ガチャ!

電話口の男は勝ち誇ったようにそう言い、拍子抜けするほどアッサリと電話を叩き切ったのでした。なるほど、これで全てが理解できた。つまりのところ、これは形を変えた詐欺なのだと。怪しげなエロサイトとかそういった類なものを利用したくせに料金を払ってないんだろう、それを遠まわしに表現したものが「食い逃げ」だったのです。

こういったエロサイトを巡る架空請求や詐欺的請求は、時流に合わせて刻々と姿を変えてきました。もともと詐欺というのは、その手法が広く知れ渡ってしまうと全く効果がなくなってしまうものですから、その時代に合わせて姿形を変えていくものです。ある意味、詐欺とは生物の進化に近い。いやむしろ薬剤と病原菌の関係に近いのかもしれない。永遠のいたちごっこなのだ。

この電話の新しいところは、「食い逃げ」という遠まわしな表現を使っていることろだと思いがちだが、実はそうではない。確かに今までだったら「アナルスパークってエロサイト使っただろうよー」とかドスがピリリと効いた声で言ってきて、決して「食い逃げ」などと遠まわしな表現はしない。けれども別にその辺はどうでもいい。どうせ業者が浅はかな考えで思いついた詐欺にならない文言とかそんなとこだろう。問題はもっと別のところにある。

それが、「請求されていない」という部分だ。これまでだったら、二十万円払えだの、今日中に払わないともっと高額になるだのなんだのと、とにかく金を要求する電話がほとんどだ。けれども、この電話はそのような請求はない。ただ「食い逃げ野郎」という罵倒と、データを職場に送るという良く分からない脅しだけだ。

実はこれが非常に厄介で、明らかにこういった詐欺は、今までのような直接的な脅しから間接的な脅しへと移行してきた。早い話が、金の請求をされないほうが恐ろしいし不安である。そうやって人の心の中に巣食う不安という小さな種にダイレクトアタックを働きかけてくるのだ。

昨今では、架空請求などの話が一般化され始め、多くの人がこういった詐欺的請求が蔓延しているということを知っていれば、正直に払う必要がないと知っている。つまり、「二十万円払えや」と請求された方が、ああ、これは架空請求なんだ、ほっときゃいいや、と納得でき、安心するのだ。

しかしながら、人間は得体の知れないものを恐る習性がある。いきなり食い逃げと罵倒され、データーを職場に渡すと言われ、金を請求されるでもなく電話が切られてしまう。これはもう言い知れぬ不気味さがある。落ち着いて考えれば、これもそういった詐欺と全く変わらないのだけど、突然の電話にとっさに対応できる人はそうそういない。

おそらく、この後の展開としては、不安の種が成長し芽が出た人が発信元の番号に電話するだろう。そこでデーターを消して欲しければいくら払え、などと金の請求が行われるはずだ。電話をしてきた人はなにかやましいことを心に抱えている人ということなのだから、かなり効率よく金を毟り取ることができる。

食い逃げ野郎!と爆撃のように数多くの人間に電話して、電話を切る。不安に思った人だけがかけ直してきて、じっくりと金の請求ができる 。かなり効率的。なんとも色々と考えるものだ。

こういった電話がかかってきた場合、皆さんも冷静に対処していただきたい。例えば訳の分からない番号からの着信だった場合、電話番号検索 http://www.jpnumber.com/こういったサイトで番号を検索してみるといい。ここでは皆が電話番号に対してクチコミを登録しているので、詐欺的電話なら一発で分かるようになっている。くれぐれも冷静な対応を。

とにかく、件の食い逃げ野郎電話も検索してみたら思いっきり架空請求業者として登録されていり、それもかなりの猛威を奮っているみたいで相当数の登録があった。「いきなり罵られました」とか数多く登録されていた。

とにかく、なんだか面白そうなので電話してみることに。いきなり食い逃げ野郎と言われてすごく心配になっている感じで電話してみた。

「あの、もしもし」

「はいはい、どうしましたー」

先ほどとは明らかに声が違う男が電話に出る。なんだか余裕綽々といった感じの態度で、ものすごくイライラする。複数人の人間が電話対応にあたっているということは、なかなか大きな組織のようだ。個人がイタズラでやっているレベルじゃない。

「さっき、食い逃げ野郎とか電話が来たんですけど」

「あー」

何が「あー」なのか全然分からない。相手の背後には何やらザワザワとした喧騒のような音声が聞こえていて、かなり大掛かりなオフィスでやっていることが伺える。電話口の男は余裕といった口ぶりで続けた。

「あのね、食い逃げって犯罪なの、わかってる?」

すごい自信満々に言ってくれちゃってるんですけど、正確には食い逃げは犯罪ではない。「食い逃げ」という罪はないのだ。あくまでもお金を払う気もないのに料理を注文したという詐欺罪でしかない。つまり、注文時はお金を払う気があったのに、会計の時になって何らかの理由で払わないと心に決めた場合、厳密には詐欺罪は適用できない。騙す気があったかどうかというのが焦点になるので、食い逃げ=犯罪とするのはいささか乱暴なのだ。とまあ、そんなこといっても始まらないので、適当に対応を始める。

「僕としてはソバ屋でお金が足りなかったことはありましたけど、すぐにお金下ろして払いに行きましたし、食い逃げとかでは絶対ないです」

必死に弁明すると、電話の男はフッと笑った後に言葉を続けた。

「あのですね、そういうことじゃないの。食い逃げってのは例えなの。わかってる?」

「例えですか?」

「そう、例え。アナタ、アダルトサイトを利用したでしょ?利用したのに料金を支払わない、それって食い逃げと同じでなの」

「はあ」

呑気な反応とは裏腹に、心の中ではキタキタキターって感じでした。そして遂に電話の男はあの言葉を口にします。

「延滞料もついてますんで、8万円を本日中にお振込ください」

まさかこんな理不尽な請求をされて安堵を得る日が来ようとは思わなかったけど、やっとこさステレオタイプな請求をされて、完全にこれが詐欺だと分かって安心。ソバ屋が怒り狂って僕の電話番号を探し当てて電話してきたんじゃないと判明して安堵したのです。

「わかりました。じゃあ本日中に振込みますね。ご迷惑かけて申し訳ありません。もし、御社が嫌でなければ、今後も御社のアダルトサイトを利用させてください」

と丁寧に伝えて電話を切ります。まあ、払う気持ちは一ミリもないんですけど、こう言ってたほうが後々面倒がなくていい。いや、この時は確かに払う気持ちはあってこう言ったんですけど、そのあと急に面倒になって払う気持ちがなくなった、ということにしておきます。

さて、食い逃げ電話がトラディショナルな詐欺であるということが分かって非常に安心したのですが、やはりというかなんというか、あまり良い気持ちがするものではありません。それは多くの方が同じだと思いますが、いきなり電話で罵倒されるなんて気分がいいものではありませんし、しかもそのやり口が、誰もが心の中に抱えている不安の種や、後ろめたい気持ちなどに訴えかけてくるものですから、モヤモヤとした嫌な気持ちが心の中に残るものです。

例えこれが完全な詐欺と分かっていて、無視していればいいなんて分かっていても、何やらスッキリしないものが心の中に残ります。そして、やり場のないイライラや怒りへと姿を変えるでしょう。人の心の不安に訴え掛ける詐欺手法、本当に卑劣だと思います。

やはり僕も、その時は本当にイライラして、詐欺業者に電話をかけまくって「脳ミソ煮るぞ!」とか罵声を浴びせかけたい気持ちに駆られたのですが、別にそれって何も解決しないんですよね。けれども、こうしている間にも悪徳業者が多くの人の不安に付け込んで悪事を働いていると思うと、気が気じゃなかったのです。

どうしたものか。一体どうしたものか。このモヤモヤをどこにぶつけたら良いのだろうか。そんなことを悶々と考えながら「.jpg」ではおっぱい画像が発掘されなかったので「.jpeg」に変えて検索をしていると一つの衝撃的な事実に辿り着いたのです。

「詐欺業者には不安はないのか?」

こういった詐欺電話などを受けると、相手はものすごい列強で、完全無欠で冷酷な人間を相手にしていると思いがちで、不安だとか心配だとかそんな感情とは無縁な人と錯覚しがちですが、実際にはそうではありません。相手だって同じ人間なのです。生身の人間なのです。僕らと同じように心配事も後ろめたい気持ちも存在するはずなんです。

まあ、彼らは完全無欠の詐欺という犯罪行為を行っている自覚はあり、それでも堂々とやっているくらいですから後ろめたい気持ちなんてのは微塵も存在しないでしょうが、やはり不安の種くらいは確実に存在しるはずです。じゃあ、その不安の種を付いてみたらどうなるだろうか。向こうがこちら側にやってくるようにこちらから業者側の不安の種を責め立ててやったらどうなるか。最初はそんな軽い気持ちからでした。

じゃあ、業者側が不安に思う事ってなんだろうって考えると、やっぱり「警察に逮捕される」という部分に行き着くんですね。どんなに業者がアウトローの集団であろうと、警察に逮捕されたら嫌だなって気持ちが少なからずあるはずです。ならばこちらはそこを突いてあげましょう。

かといって、僕がいきなり電話をして「警察だ」などと名乗るなんてのは論外で、いろいろと問題を含む可能性が多分にあります。そういった虚言を用いる方法ではなく、あくまで捜査が迫っている感じを匂わせるイメージで業者の不安を突っついてみようと思います。

まず、問題なのは電話番号です。普通に携帯電話からかけても良いのですが、もう僕の番号は割れてしまっているので今回の作戦には使用できません。試しに番号非通知でかけたらしっかりと着信拒否されてました。なんてチキンな。どうしたものかと悩んだのですがふと思い立って公衆電話から電話してみたら拒否されていないみたいで繋がったので、これを利用しようと決断、大量の十円玉を用意します。

事前のリサーチで、この詐欺業者は様々な名前を駆使して詐欺電話をかけまくっていることは分かっています。「高田、大槻、水田、山本」これらの名前を担当者として駆使してやりまくってますので、まずはこれを使ってみましょう。電話をかけます。

「もしもし」

「あー、そちら、高田さん、大槻さん、水田さん、山本さんっておられますかいな?」

イメージとしては、強面だけど人情に厚い地方都市の刑事みたいな感じで切り出してみました。お前らが使っている担当者名はこちらで掴んでいるぞ、確認の電話をしたぞって感じでやってみました。

「……はい、どちらさまですか?どういったご用件ですか?」

一瞬だけ躊躇いを見せる電話口の男。効いてる効いてる。

「要件もなにもないですがな!本官、おっと間違えた、私も好きで電話しているわけではないですわ!」

そんな感じで話していると、慌てた感じでガチャリと電話を切られてしまいました。効いてる効いてる。

これは予想以上に面白くてすぐにでも第二弾第三弾といきたいのですが、あまり間隔を置かずにやっても真実味が薄れてしまいますので、ここはグっと我慢。数日開けて第二弾の電話をしました。

今度はより真実味を持たせるためにあらかじめ録音しておいた市役所窓口での喧騒をipodに入れておき、電話ボックス内で大容量で再生しました。イメージ的には警察署内の騒がしい刑事二課から電話をかけているイメージです。

「もしもし、高田さんはおりますかいな?」

別に何の恨みもありませんが、担当高田さんにターゲットを絞ります。もちろんバックには署内っぽい喧騒が。

「高田に何の要件でしょうか?」

電話口の男は余裕といった感じで受け答え。まだ分かってないみたいなので捜査の手が迫っている感じを醸し出してみます。

「いやね、ちょっとお話を聞きたいことがありましてな。(おい、例の事件、ちゃんと裏をとったんか!)」

タイミング良く録音していた音声が流れてくれたので、臨場感バツグン、かなり不安の種に訴えかけることができたと思います。けれども、ここまで僕が熱演しているのに、全然伝わってないみたいで、

「いまちょっと高田は席を外しております」

とキッパリ。仕方がないのでもっと臨場感を出すために、電話中なのに我慢できずに別の刑事に指示を出す感じで少し受話器を押さえて熱演を始めました。

「おい、ヤマさん、あのペニーオークションを紹介した芸能人ブログの件、どうなった?」

これでそういった詐欺的事件を扱っている場所と印象づけられたみたいです。それでハッとしたのか、ペニーオークションにビビったのか、相手も焦って電話を切ります。効いてる効いてる。

その数日後には、今まさに警官隊が詐欺事務所に突入するかの如き臨場感で電話をかけ、電話に出た瞬間から

「配置につきました。時刻ハチマルマル、いつでも突入できます。やべ、間違えてターゲットに電話しちゃった」

とか訳の分からんことになってました。効いてる効いてる。

これで詐欺業者にも「実際に警察が動いていて逮捕されるかもしれない」という不安を植え付けることができました。自分たちがやっている不安につけこんだ脅し的詐欺がどれだけ悪質な行為なのか身を持って分かってもらえたと思います。

最後の仕上げとばかりにもっと大規模な組織が動いていると印象づけてやろうと思って

「日本に入ってきたFBI捜査官は何人ですか、レイベンハー」

みたいな感じで設定も背景も全然意味が分からない、誰も得しない電話をしたら、すごい相手の業者の方が激怒されましてね、ものすごい剣幕で怒られちゃったんです。

「てめー、いい加減にしろよ。毎回毎回公衆電話から変な芝居がかった電話かけてきやがって!殺すぞ!」

全部バレてました。効いてない効いてない。

仕方ないので、人の不安に付け込むような詐欺は非常に悪質である、不愉快なのでやめて欲しい旨を伝えると、

「お前、公衆電話からかけてきてやがるけど、ウチの詐欺にひっかかったやつだな?だから腹いせにこんなことしてるんだろ?絶対見つけ出して殺すからな!」

相手も興奮しすぎて自分で自分のこと「詐欺」って言っちゃってるんですけど、すごい剣幕で怒ってるんですよ。もしかしたら、本当に捜査の手が忍び寄ってるかもって不安に感じたのかもしれません。だからこんなに怒ってるのかも。

「とにかく、こんなことしていたらいつか逮捕されますよ!」

みたいなことを老婆心ながら忠告すると、相手は捜査の手ではなかったという安心感でスパークしてしまったのかものすごいテンションで

「ばーか!こんなので逮捕されるわけねーだろ、おまえ絶対見つけ出して殺すからな!」

みたいなこと言われました。それからも一日おきくらいに、色々な設定で電話をかけ続け、もう面倒なので個人的に携帯番号を聞き出してプライベートな感じで会話したいなって思っていたんですけど、肝心の設定の方が、もう操作の手とか演出する必要がなくなっちゃったので訳分からんことになっちゃって

「お友達から教えてもらったペニーオークション、なんと高級加湿器を238円で落札できちゃったの!すごいよー!よかったら高田もやってみてね!」

とか訳のわからん設定で電話しまくっていたら、すぐに電話を切られちゃって、なかなか電話番号を聞くに至らず、二週間後くらいには、その業者に電話がつながらなくなってました。

それからしばらくしてでした、寂しい思いを抱えつつ、あの業者の彼の「ばーか!こんなので逮捕されるわけねーだろ」という言葉がリフレインしていたのですが、ネットニュースを見ると、その詐欺業者がキッチリと逮捕されていました。こんなので逮捕されてた。

誰しもが少なからず心の中に抱えている不安、その感情に付け込む詐欺は最も卑劣な行為です。皆さんは不安に思うことを恥じてはいけない。人間は不安な気持ちを抱えていて当たり前なのだから。恥じて隠そうとするから付け込まれるのだ。

僕のことを見つけ出して殺すとまで言ってくれた業者の人、そう言ったにも関わらず多分逮捕されてしまった業者の人。宣言したのに実行しないなんて食い逃げみたいなもんじゃないか。僕の方こそ彼に「食い逃げ野郎」と言ってあげたい。


11/23 ヌメリナイト5-いつかのヌメリークリスマス-

この間、職場のブスが右に左に無尽蔵の働きを見せておりまして、騒々しいブスだって思いつつその様子を眺めていたら、どうやら職場の皆に何かを訊ねて回ってるみたいなんですね。老若男女の区別なく、まんべんなく全ての人に質問して回ってました。

トリッキーなブス、トリックスターなブス、ファンタジスタなブス、どういった言葉で彼女を表現するか熟考していたのですが、やっぱり何を質問して回っているのか気になるじゃないですか。職場の人間全員に質問して回ってますからそのうち僕の所にも来るとは思うんですけど、それでも気になるじゃないですか。そこで、隣の同僚に質問してたところを盗み聞きしてみたんです。

なんか親でも死にそうなくらい切羽詰った感じで同僚に詰め寄り、もう、ブスのアップって凄まじいものがあってブスのアップ、略してブップと呼ぶようにして広く注意喚起していきたいくらい。そんなブップで迫ってきて何を質問しているかというと

「ねえねえ、クリスマスイブって何してる?」

これですよ、これ。これって普通に考えるとブスがブップで同僚に迫り、クリスマスイブのデートの約束でも取り付けておセックスにこぎつけ、ブスの遺伝子を色濃く受け継いだ子供でもできてしまう、そういった物語のプレリュードと思われがちで、現に同僚もむちゃくちゃ警戒して青い顔になってるんですけど、実はそうではありません。

クリスマスイブが迫ってきて、誰かと過ごしたい、クリスマスは何かをしなければならないという強迫観念に駆られ、狂ったように爆撃を繰り返すブスは並みのブスです。全てを超越したブスは悟りを開いていてそんな行動には出ない。誘ったところでどうにもならない、そう悟ってるから焦りもしない。ドーンと構えた威厳のあるブスになるのです。

では、そうやって誘うわけでもないのにこのブスは何でみんなに質問して回っているかといいますとね、悟りを開いて次のステージに行くと今度は「周りのみんながどんなクリスマスを過ごすのか」だけが気になって気になって仕方がない感じになるのです。なるべくまんべんなく、関係ある周りの人間全てのクリスマスの予定を知りたがるのです。

これは僕にもどういった心理が働くのか分からず、予想の域を出ないのですが、おそらく周りの人間全ての予定を知ってクリスマスイブを掌握した気持ちになりたいのか、全てを支配した錯覚に陥りたいのか、とにかく一つ上のステージから俯瞰でクリスマスを見下ろし、勝利した気持ちに浸りたい気持ちが働くのだと思います。なんだか悲しいですね。

人は誰しも傷つくことが怖いはずです。できることなら傷つかずに生きていきたい。けれども、周りの人間全てに愛され、傷つかずに生きていくことなんてできやしないのです。結果、人は程度こそ違えど、あらかじめ傷つかないように防御壁を築き上げて生きていくのです。その防御壁は普段は垣間見えないものなのですけど、クリスマスイブという行事がその壁を露出させ、なんとも悲しい気分になるのです。僕はこれをクリスマスイブならぬクリスマスブスと呼ぶようにしたい。

「いや、特に予定ないけど。いや、両親と食事するかな」

焦って言い直す同僚。それをメモするブス。おいおい、メモまでするのかよ。と焦りつつ、僕のところに質問に来たらどうしよう。正直に答えたほうがいいのか。いやいや、無難に両親と食事とか嘘をつこうか。逆にフェラチオしてくれやとか言ったらブス、どんな顔するかな、とか悶々と考えていたら、僕にだけ質問に来てくれませんでした。

メモを盗み見ると結構偉い人とか、遠くの部署の人とかにも質問していたみたいなのに、なんで僕だけ質問されないのか衝撃を受けつつ、今年もブスが活発に動くクリスマスブスが近づいてきた、ということで、ブスに答えたかった僕の本当のクリスマスイブの予定。


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